就職 (就活)するか” 悩む “あなたへ

就職 したくないと 悩む 若者に送りたい言葉と実体験

就職 したくないけど、ひとりで生きていけるか不安……。
そんな風に「 悩む 」あなたに聞いてもらいたい話

3月は、 就職 を間際に控えた人たちにとってつらいシーズンかもしれません。「社会人としてやっていけるのだろうか?」「就職なんてそもそもせず、他のことで食べていきたい」「このままサラリーマンになっていいのか」など、 悩む 機会も多いことでしょう。

おそらくこのページを見た人の中にも、貴重な時間を割いて何かしらの「道しるべ」みたいなものを探すためにここにたどり着いた方もいらっしゃることでしょう。

そんなあなたに向けて、私は今回、少しだけ力になれたらと思いひとつの言葉を伝えたいと思います。

 

逆はあるけど逆はない

 

私が自分の生き方を決めていった中で、最も印象に残っている言葉のひとつです。

今回は主に20代の働き方に悩む人たちに向けて、この言葉にまつわる話をしていきます。

 

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「逆はあるけど逆はない」、なぜこんな話をするのか

この言葉の意味を説明する前に、まずは私自身のこれまでの話をしていきます。

私は学生の頃、縁があってイベントの企画演出や台本執筆の仕事に携わらせてもらう機会が多かったです。いわゆる「イベンター」「作家」……と書けば聞こえは良いですが、そういったことを勉強させてもらっていました。

自分が面白いと思ったことが人に伝わったり、自分が描いたとおりに物事が進む様はとても楽しいです。仮に予定調和が崩れたとしてもそのことがまたハプニングという刺激になって、今この瞬間にしか起こりえない奇跡を間近で感じられる興奮は筆舌に尽くしがたいものがあります。

22歳になるまでに、いつしか私の頭の中には「イベンターとして起業して生きていく」というビジョンが覆い尽くしていました。当時はこんな言葉はなかったけれど、「好きを仕事にする」というニュアンスがこれほどしっくりくる瞬間はこれまでもなかったし、この先もないかもしれません。

 

なんなら、大学も中退しようかと考えたほどでした。キャンパスでの講義を無心で受け止め続けているくらいなら、その時間を能動的な自分発信の時間に変えるべきだと心から信じていたのです。

なにかひとつにのめりこんだら、残りのものすべてを犠牲にしてしまうという考え方。

ある種「若気の至り」「暴走」とも捉えられかねない、なにかにのめり込んでしまうエネルギーの発散方法。人生の岐路となる決断。

その決断が大恋愛の人だっています。バックパックで世界一周の人だっています。

私の場合は、それが仕事でした。

 

結果的にその数年後、私は自分の決断どおりフリーの世界へと脚を踏み入れることとなりました。だけどそこに至るまでに、少しだけ遠回りをしました。

3年間、いわゆる「普通」の就職をしたのです。

そしてその、就職を選ぶキッカケとなったのが、「逆はあるけど逆はない」という言葉でした。

 

かつて私自身がそうだったように、同じように悩んでいる人に向けて今度は私の方からあなたに「逆はあるけど逆はない」という言葉を届けたいです。

 


学生時代の私には、とりわけ自分の将来ビジョンに具体性があったわけでは決してありませんでした。東京大学にうまく入れたのだって、「やりたいことがあったから東大へ!」ではなくむしろ、「勉強は得意だし今のうちに頑張っておくか。この先東大に入ってからやりたいことが見つかるかも……」くらいの気持ちにすぎませんでした。

 

小学生の頃から私は漠然と、「将来は普通に大学に行って、普通に就職して、普通の人生を歩んでいくんだろうなぁ……」くらいにしか自分のことについて考えていませんでした。

もちろん受験にさしあたっての努力はたくさんしたのですが、恥ずかしながらそこに確固たる意志や目的があったわけではありません。そうするもんだとある種凝り固まった「使命感」のようなものに押されて生き続けてきました。

 

そんな矢先に偶然ぶつかった、「イベント」という楽しい業界。はじめてチョコレートの甘さを知った子どものように、私はそこでの楽しさに酔いしれ、より多く、さらに多くを求め続けるようになっていました。

 

 

私自身、 就職 に 悩む 若者の1人でした

逆はあるけど逆はない

この言葉は、当時私がお世話になっていたイベントの企画プロデューサーに言われたものでした。

そこの現場ではスタッフの方がみなさん良い人で、当時20歳そこそこで右も左もよくわかっていない私にも親身に接してくれました。とりわけそのプロデューサーの方は私と同じく学生時代に仕事を初めた人で、人生の先輩として彼のもとで学ぶことはとても多かったです。

 

大学3年生の夏、同級生たちが企業の実施する「インターンシップ」とやらに血眼になりながらエントリーを始めるようになった頃、私はどの説明会にもインターンにも参加しませんでした。

「やりたいことがここにはない!」……と言えば聞こえは良いのですが、実際はそんな大仰な理由ではありません。単純に大人に対して自分を必死にアピールする行為が気恥ずかしかったし馬鹿らしかったし、そもそも単純に面倒臭かっただけです。

今思えば私は、フリーランスをしんどいことからの「逃げ」の言い訳として使っていたのだと思います。

 

秋から冬にかけての頃、そのプロデューサーが私に就活の進捗状況を尋ねてきました。

イベントP
どう? 就活は順調?
いや、僕何もしてないです
イベントP
そろそろエントリーも始まる頃じゃないの?
なんというか、このままフリーでやっていけたらイイかな…って

 

今になってわかったことですが、フリーランスの人生とは当時の私が思っていたほど簡単なものではありません。サラリーマン以上にサラリーマン然としなくちゃいけないときだってあります。

仕事の依頼を受け、作業をして、終わったらまたイチから依頼探しの繰り返し…。安定性なんてそうそうありません。というか、安定を求める人はそもそもフリーランスに向いていないように思います。

そんな誰にだってわかることに、私だけが気づいていませんでした。己の無知さを振り返るたびに、情けなくなります。

同時に、無知なのに意識だけはいっちょ前に高かった私が納得するような形に導いてくれた周りの方々には、感謝してもしきれません。

 

そう、私は単純に物を知らなかったのだ。

「うしろに” to do “しか取れない動詞の英単語」や「徳川15代将軍」をどれだけ知っていたとしてもなんら意味をなさない、それとは全く違った世の中のリアル。これを軽んじるどころか重さとしてカウントしていなかったのです。

「フリーでやっていけばイイや…」という当時の私の物言いにも、どこか人生をナメたような態度がほのめかされていたように思います。

そしてそれを察知したプロデューサーは、私を諭すようにこう言いました。

 

『逆はあるけど逆はない』って言葉、わかる?
一度フリーランスの道を選んだら、『やっぱり就職しよう』って思って逆向きに進もうとしても就ける仕事は限られてくる。だけど今のうちから逆に就職しておいて『やっぱり独立しよう』って思ったときには行動するのは簡単なんだ。
新卒の今しか経験できないことはたくさんある。就職しなくちゃ知ることが出来ないこと、就職したからこそ出来ることだってたくさんある。自分の思い込みだけで勝手に自分の進む道を決めつけていたら、本当の自分の可能性を狭めることになっちゃうよ。

 

なるほど、と思いました。

今みたいに転職が当たり前となっている世の中ですら、まだなお「新卒ブランド」は根強く残っています。就職には年齢制限がある。だけど起業や独立には年齢制限がない。

今しか出来ない新卒の就職活動をみすみす放棄することは、貴重な人生経験の一部を自分からかなぐり捨てるようなものだし、自分だけの人生を形成していく上でのエピソードとしてももったいないと思います。

わかりました。どうなるかわかりませんが、自分の経験として就職活動はやってみます
イベントP
辞めたくなったらいつでも辞めたらイイよ。3年は続けたほうがイイと思うけどね

 

そうして私は就活へと本腰を入れることにしました。

大学3年生の10月。説明会もインターンもとっくの昔に終わっていて、一部企業では本採用のエントリーも始まっていた時代です。

そうして私は、ひとまず就職することができました。

 

「就職=社会に屈する」と感じていたフシも当時の僕にはどこかあって、なんとなく報告するときは緊張しました。だけどプロデューサーをはじめ企画ディレクター、先輩方、出演いただいたタレントさん、みんなが私の就職を祝ってくださいました。

就職していた3年間について、私には後悔は一切ありません。むしろその3年があってよかったと心から思います。

 

「就職しない」ことはメリットだけではない

フリーで活動している人は、大きく二分することが出来ます。はじめからフリー一本で活動している人と、私のように脱サラして自分のやりたいことを追求し始めた人です。

たとえば起業家の方に話を聞いてみると、はじめからフリー一本でやってきた人は

オレらは就職できなかったから仕方なくこの道を選んだみたいなところはあるよ。
要は弾かれものだから、オレたち

と、人よりも早く自分の働き方を選んだことを鼻にかけることもなく、とにかく謙遜されます。

一方で途中からフリーを選んだ人はというと、

どうしてもやりたいことがあってこの道を選んだから、後悔なんて全くしていないよ。
当時の経験があったから今につながっている部分もたくさんあるし

と、やりたいことを始めるまでに遅れをとったことを卑下することなく、自分の人生すべてをプラスに語ってくださいます。

両者に共通しているのは、「フリーには早い遅いなんて差はない」ってことです。そして、「どちらにとっても就職はひとつのターニングポイントだ」ってことです。

私の体験は狭い業界におけるひとつの話にすぎませんが、この「逆はあるけど逆はない」の考え方は、転職や起業のように広く自分だけの生き方を考える際などどんな場合においても役に立つと思います。

 

生きていくうちに、人の考え方は常に移ろいゆくものです。

私が言いたいのは、「就職したけどやっぱり辞める」という意識変化の際よりも、「起業したけどやっぱり就職する」という意識変化の際のほうが低カロリーで済むということです。

なにか行動をするときに早い遅いということは、(少なくとも起業の道を選ぶときには)まったくありません。むしろ優先すべきは、「この先の将来を考えたときに、今しか出来ないことをキッチリと抑えられているか」というところにあります。

 

2019年の就活が解禁されました。一般的に就職にはネガティブイメージがともなうけれど、起業よりも就職の方がやりたいことに近づけるケースだってたくさんあります。

たとえば個人だとせいぜい数百万円しか動かせないプロジェクトに、数千万〜数億円の予算で臨むことが出来ます。結婚したあとの産休・育休が問題となる場合であっても、フリーよりははるかに社会復帰しやすいです。

イベント企画や取材だって、フリーでは門前払いにあってしまうようなオファーでも会社の名前を使えば交渉の場を設けてくださるケースがザラにあります。

一概に、「起業しなくちゃやりたいことは出来ない」ということはありません

もっと言えば、就職した時点では「辞めてやる」と思っていたとしても、働くうちに考え方が変わることだってあります。

私の周りにだって「すぐ辞めてやる」と豪語していたにもかかわらず、結局今でも働き続けている人はたくさんいます。それだけ相性の良い会社に巡り会えたということなのだから、己の豪運さを誇りにして良いと思います。

 

だけどやっぱり「会社辞めます」を選ぶ理由

さて私はというと、当初の予定そのままに3年で会社を辞めてしまいました。

転職を選ぶほど当時勤めていた会社の待遇に不満を持っていたわけではなかったし、「3年は勤めるべきだ」というプロデューサーの言葉に対して意固地になっていたわけでもありません。

私がこのタイミングでフリーを選んだのは、「フリーにしかできないことも経験してみたい」。ただそれだけでした。「実力試し」というニュアンスに最も近いように思います。

 

就職から3年経ってから、先述したイベントスタッフのみなさんの前で「会社辞めます」の話をしました。

やっぱりかー……

みんな頭を抱えて苦笑いでしたけど、異論を唱える人は誰もいませんでした。

今でも私の決断を、みなさん応援してくれています。そうして私は今でも、学生時代にお世話になった人、サラリーマン時代に仕事をともにした人、フリーになってから知り合った人、いろいろな人に支えられながら生きながらえています。

 

だから今度は、私も就職に悩むあなたを「応援する側」にまわらなくちゃいけないと思っています。

 

「就職したくない」
「今すぐ会社を辞めたい」

と日々の生活に辟易している、私と同世代の人は多いことでしょう。

「そもそもやりたいことがなにもない」

なんて人だってたくさんいるはずです。

上の世代の人たちはそんな私たちを一括りにして、「現代っ子は軟弱者だ」「今の若者は覇気がない」「だからこいつらはダメなんだ」なんてレッテルを貼ろうと躍起になっています。

でもそれは、上の世代が単に自分たちの団結感を高めたいがゆえの行動だと私は考えています。

 

たとえば私たちが、スマホをうまく使えないご老人を見て

今どきスマホも使えねーのかよ

と感じることもあるかもしれません。だけどその時、私達はその老人の人間性すべてを根本から批判しているわけではないことに気づくはずです。

「老人/若者」「昭和生まれ/平成生まれ」という二項対立を明確にさせることは、他者を批判するためというよりも味方を作りたいがゆえの行動に近いです。

人間は本質的に孤立を嫌います。だからみんなと同じ部分を探そうとします。そして、同じ部分を強調するために違う部分を浮き彫りにしています。

要するに、味方が欲しいから敵を作っているのです。

 

今やりたいことがないなら、やりたいことが出来るまで「みんなと同じ生活」をしてみるのも悪くないと思います。

誰より私自身、つい最近まで「みんなと同じ」就職人生を歩んできたので、こう言えます。

また一度就職したからと言って、3年とは言わないまでもすぐに行動する(辞める)必要はまったくないと思います。

「辞めるな!」⇔「すぐ辞めろ!」

賛成反対ともに共通して、周りの人たちは即断即決を迫ってくる傾向にあります。

だけど、正直聞く耳を持つ必要はまったくありません。

自分のペースで物事を決めてください。

 

ただひとつ言えることは、「あの頃からやり直したい」なんていう逆の進み方は、私たちは決して出来ないということ。

環境や周囲の人間に責任転嫁しても、誰かが謝罪とともに時間を巻き戻してくれるわけではありません。

どうしても大事にしたい何かが見つかって、そこに自分から熱量を発揮することが出来て、そこから初めて行動に移せば良いと思います。

それまでは、現状維持でもイイじゃないですか。

 

その行動の結果がたとえ「若気の至り」と揶揄されたとしても、少なくとも私はあなたのその行動を応援します。

なぜならそれは、他ならぬあなたが選んだ「逆向きの」人生なのですから。



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