楽しい ・充実した” 学校 “や” 職場 “での生き方をするために

楽しい 、充実した 学校 での生活や働き方を行えるように、私達が変えなくてはいけない考え方についての意見です

楽しい 「 学校 (高校・大学)」生活や「 職場 」での働き方をしていますか?

あなたが高校生でも大学生でも、 楽しい ・充実した「 学校 」での生活を送っていますか? もしくは、送っていましたか?

こう聞くと、私達のたいていが、

授業とかマジでだるかったし、楽しくなかったわ…

なんて、不満をもらすと思います。

楽しいと感じていた人もそれは、友人や先生との「人間関係」が楽しかったわけで、学校の教育制度そのものに満足していた人はあまりいないんじゃないでしょうか?

 

現在文部科学省の主導で、学生に対して大学の満足度を調査する取り組みが検討されているそうです。

今回は大学だけですが、これが実現すると今後義務教育課程を除く高校や専門学校にまで対象が広がっていくことが予想されます。

そしてこの取組み、学生の評価が大学への助成金に直結する可能性もあるそうです。

 

これを見て私は、

「学生のお客様化」がますます進んで大変なことになるんじゃないか

と心配です。

楽な授業ばかりをとって趣味に明け暮れることができるようになればそれは「楽しい学校生活」のような気がするかもしれません。ですが、それで本当に良いのでしょうか?

 

今回は主にこの学生にゆだねる評価制度はうまくいかないに決まっているというお話をしながら、

楽しい学校生活 ってなんだろう?

ということを学生目線で考えていきます。

 

 

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大学が潰れるくらいなら、学生にだって媚びへつらうさ!

文部科学省では2019年から、全国の大学生に学習時間の長さや授業の満足度などを聞く調査を開始するとのことです。これは各大学の教育について、学生目線から評価しようとする取り組みで、結果を公表することによって大学に改革を促し、国からの助成額の増減に反映させることも視野に入れているらしいです。

つまり簡単に言うと、「学生の大学評価に応じてもらえるお金が決まる、シビアな戦い」が始まるということです。

もちろんその狙いは理解できます。少子高齢化の影響で学生数が今後減っていくことが予想される中、定員割れをしながら再編や再建が求められる大学が急増しています。大学も淘汰されていく時代になりました。

※大学の再編についての関連記事はこちらから

 

国としては正直なところ意味のない大学に構う余裕も必要もないし、存在意義については現場の声を聞くのが最も効率が良いに決まっています。

だけど、

学生の判断にお金を絡ませて大丈夫?

という不安はつきまといます。

文科省は調査の関連費用として、約3,000万円を2019年度予算の概算要求に計上しました。今後は調査・統計を担当する調査企画課を新設し、調査を行っていくそうです。

まーた謎の予算と謎の部署が増えるのか

なんていう話は今回はさておくとして、このまま調査を進めていく中で懸念されることとしては、

大学側が学生にこびへつらう形になりかねない

ということです。

 

学生が自分たちの意向だけでアンケートに答えるのは、至難の業だと思います。アンケートを学生に行き渡らせるためには大学が一括して窓口とならざるを得ないわけですから、アンケートを渡すタイミングで一緒に

お願いします、良い評価にしてください! 補助金が欲しいんです!

なんて、大学側が学生に頭を下げても不思議じゃないですよね? というか、それに近いことをすると思います。

となると、大学と学生の間のパワーバランスが崩れてしまう。その先に待ち受けているのが、「学生のお客様化」です。

 

大学生のアンケート評価を上げるのはとっても簡単!

私達の時代は、昔に比べて大卒であるということにあまり価値を見出されなくなりました

今や「大卒」は当たり前とされ、大学を選ばなければどこかの大学には入学できます。それに付随する形で、大学で特に何も学ばなくても「大卒の肩書が得られたらそれでよし」とする学生もかつてより増えたことでしょう。

奨学金破産する学生が急増しているのも、学生側にこのような意向があることが一因となっています。

 

そもそも今の大学生は、何が目的で大学に通っているのでしょうか?

高い学費を払っているんだから、好きにさせろ!

4年後に卒業証書だけよこせばそれでいいんだよ!

なんて考えのもと、サークル活動やアルバイトにいそしむ大学生が今の大半です。

これって何に近いかというと、「お客様は神様です」の考え方です。

つまり、

大学生にとって大学に通うことは、消費活動の一環にすぎない

ということです。極端な話、晩御飯を食べるお店を選ぶ感覚で大学を選んでいるということです。

 

だから「大学に通う」ことが当然となり、大学という手段の目的化が進んだ昨今、今の私達が大学に求めているものも変わりました。衣食住と同じ感覚で教育を消費活動と扱うようになったことで重視されるようになったもの。それは

コスパ(コストパフォーマンス)

です。

たとえば私達が定食屋さんを探しているとき、2軒のお店があったとします。片方は普段から1,000円の定食、もう片方は通常2,000円の定食を今だけ1,000円で提供していました。

全く同じ料理メニューだった場合、どちらのお店に入るでしょうか?

全員が、通常2,000円なのに半額で1,000円になっているお店を選ぶと思います。

全く同じ料理、同じ値段にも関わらず、

え、半額なの? 得したわー

という感覚でお店を選ぶ、これが「コスパ」です。

 

これを大学選びに当てはめて考えると、

定食屋=大学
お金=勉強量
料理=卒業

という図式が成立します。

なるべく安いお金で最高の料理を出してくれる定食屋さんを選びたい!

と考えるのと同様に、

なるべく少ない勉強量で名のある卒業実績となる大学を選びたい!

と学生が考えているということです。

いわゆる有名大学を卒業した高学歴の方の中には、「一流大学を出ていながら、勉強をあまりしなかったこと」をむしろ誇りにしている人がいます。定期テスト前に、「今回マジで全然勉強してないわー」って無知自慢している人はいませんでしたか? あれと同じです。

大学生としては、名のある大学に入り卒業させてくれさえすればなんでもイイのです。

コスパの高さの方が、知識を得ることよりも優先されているのです。

そんな中でアンケート調査を行うとどうなるか?

授業に満足していますか?

という質問に5段階評価で答える質問が例えばあったとすると、

単位を全然くれないから評価は1

と判断する大学生が間違いなく現れます。

逆にろくな授業をしなくても、適当な課題を出して最高の評価をつけまくり、なんなら講義全部をつぶして就職先の候補となる企業を紹介してあげたら、大学生の大半が最高の評価をつけます。

一部、「大学としての本質を見失っている!」なんて正義感に燃える意識の高い学生はいますが、少数です。アンケート結果を追及するには最大多数の満足を優先させるべきです。

 

大学関係者の皆さん! 学生のアンケート結果を良くしようと思ったら、簡単です。

①今すぐ授業をやめましょう!

出席なんて取ったら学生のヘイトを生みます。

②試験を簡単にしましょう!

専門知識なんて、就活お役立ち情報だけで十分です。

③実施されるアンケートを記名性にしましょう!

記入してもらう時に口頭で、「これも点数に入るからな」なんてぼそっと言うだけで、保身に走る学生はしっかり最高評価をつけてくれますよ。

 

……このような大学は、果たして補助金を上乗せするにあたる良い大学なのでしょうか?

私はそうは思いません。

 

最高の学校生活は、酸いも甘いも味わえること!

さてここからは、私達学生が考えなくてはいけないことについてです。

先ほど上で述べた3つの提案。実現することはない話かと思いきや…「③」に近いことは普通に行われることが予想されます。

学生に働きかけ、忖度を促すアンケートの恣意的な操作です。

大学でのアンケート調査実施にあたり、文科省は、小中学校を対象にした「全国学力・学習状況調査」を参考にするとのことでした。

いわゆる「全国学力テスト」と呼ばれてすでに実施されているこの制度、普通に不正が行われています。

たとえば2016年には、山口県の学校で国語の解く順番を指示する不正が行われました。全国レベルを知るためのものにも関わらず基準があいまいで各学校に実施がゆだねられているのですから、不正が起こっても不思議ではありません。

また最近では、「大阪市が学力テストの結果を教員の給与に反映させる」と発言したことで不正がますます広がると懸念されています。

お金が絡むと考えることはみな同じ。違うのは「教員」という個人単位か「大学」という団体単位か、その規模だけです。

 

この先大学の中には、多少脅しに近い形をとってでも学生の(偽りの)評価を上げにくるところも現れるでしょう。

私達にとって大切なことは、このような不正を感じ取った際には、

屈せず見過ごさず、しかるべき団体に不正を訴えるよう自分から動く

ことが大切です。

とはいえこれは、

大学から圧力をかけられ、アンケート操作を強要されました

とTwitterで発信することを促しているのではありません。SNSが普及した今や、このような「私罪」の一種を行うのは簡単ではありますが、このような訴えかけを個人で世に発信するのはしかるべき手順を飛ばしています。

まずは文科省に新設される課に報告するところから。そうすれば私達の匿名性も守られますし、良くも悪くも「私罪」が頭にちらついてしまうため、官僚も大学もそれをもみ消すようなことはしないと思います。

 

むしろ私達が本当に気を付けるべきことはこれとは真逆で、大学側が明らかに接待じみた対応をとってきた場合です。

怠惰な学生にとって都合の良い制度ばかりを取り入れてとにかく高評価を求めてこられた場合、そんな時でも、実施されるからには私達学生は、公正な評価を心がけないといけません。

単位の取りやすさ取りづらさ、就職の有利不利だけで評価を決めるのは、それこそ大学の思うツボです。

そうなるとおそらく教育界はどんどん腐敗していきますし、学生としても将来働くときに苦労します。周囲が媚びへつらう環境に慣れてしまうからです。

こんな状況では、「楽しい学校生活が送れた」とは言えません。というか、学校生活になんの感想も残りません。

 

楽しい学校生活って、つらい環境の中に楽しみを見いだせる生活なんだと思うんです。

なんでもかんでも都合の良いことばかりが続くと、欲望にキリがなくなってしまい、たまにある嫌なところにばかり目が向いてしまいます。

勉強は大変ですが、役立つ瞬間はきっときます。

役立っていないと思うなら、役に立つ環境に自ら飛び込んで身を置けばよいと思います。

若い人なら特に、そんなことは容易です。

 

大卒時の肩書きを楽して手に入れようとするな!

というのはいささか無理のある話かもしれませんが、

大学に入ったからには、意味があったと言える勉強もしようよ

これが私が今回もっとも言いたいことです。

 

小学校から高校まで、結局楽しい学校生活の裏には、つらい勉強や人間関係があります。

いじめなど社会秩序に反することは到底許されるものではありませんが、ちょっと嫌いなものや人くらいはむしろあった方が良いのではないかって、私は思います。

それは挫折であり、つらい思い出であり、どちらも楽しかった記憶を引き立たせるスパイスとなる可能性を秘めています。まったくないのは問題じゃないでしょうか。

若者を批判しながらも、どこかですり寄るチャンスをうかがっている

こんな日本の社会に対して、しっかり「自分なりの生き方」をしていくためには、やっぱり自分自身が自分自身の経験を活かして自分自身の考え方を持つのがなにより大切なことです。

 


これから進む大学を決めようとしている高校生のみなさん。はたまた将来の働き方を模索している大学生のみなさん。

お金が絡む限り、不正は必ず起こります。

私達が不正するしないにかかわらず、不正は必ず忍び寄ってくるのです。

 

官僚の汚職が問題になっています。彼らは初めから不正しようと思って官僚になったのでしょうか?

おそらく最初のうちはむしろ「官僚界を変えたい!」と志高く入省したのに、やがて環境に毒されて堕ちていってしまったのではないでしょうか?

もしもあなたが、酸いも甘いもすべて受け止める覚悟が出来て、かつ不正に対して毅然とした態度で立ち向かえる強い人であるならば、自分のまわりの環境に目を向けるべきじゃないかと思います。

 

不正する大学、不正する会社…すべて不正する方が悪いに決まっています。

社会のために働きたい/自分にしかできない仕事をしたい

そう考える仲間が私達の他にももしいらっしゃるのならば、

一緒にイチから働く環境を捉えなおしましょう!

オウンドベースとは、そういうことを考える場所です。



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