夏休みの宿題 をまじめにやるのはバカだよ?

夏休みの宿題 がメルカリに出品されるのが禁止されました。

メルカリで起こった問題のいきさつについては過去の記事を参照してもらうとしまして、

みなさんが気になるのは、

夏休みの宿題なんて誰が買うんだよ…

ってことだと思います。

 

今日は8/31、今週末は土日ですがいわゆる「夏休み最終日」だと考える人も多いですね。この時期に恒例となるのが、

宿題やってない人いますー?/夏にサボったことを後悔してるやつ挙手ノシ

みたいな、どうしようもない傷のなめ合いです。

メルカリで夏の宿題を買うのも、このような切羽詰って金で解決する、パパの車を自慢げに乗り回す人のふんどし擦り切れるまで履き続ける系男子なのでは…? と思うかもしれませんが、実態は異なります。

メルカリで宿題を購入するのは一般的に、

私立の中学受験を考える小学生の母親

だと言われています。

 

今回はその理由と、

宿題なんて適当にこなせばいいじゃん

という具体的な方法について書きたいと思います。

 

 

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うちの子には宿題やってる時間なんてありません! なんたって受験するのよ!

スネ夫のママで脳内再生されます…。

こどもの学力は母親で決まるという旨が文科省のレポートから見て取れる、というニュースがありました。

「親の収入や学歴が高いほど児童生徒の学力が高い」
「日常生活で本や新聞に親しむことや、規則正しい生活を促している家庭では好成績の傾向がある」

なんてことは明らかになっている、というか明らかになっていなくてもそういう結論に持っていこうとしますでしょうが、母親の学力とはちょっと意外な気もします。

中3の数学Bでは、父親の最終学歴が「高等学校・高等専修学校」のケースだと正答率は44・1%、「大学」になると56・55%に上り、その差は12・4ポイント。一方、母親の最終学歴が「高等学校・高等専修学校」だと43・4%、「大学」になると60・0%になり、差は16・6ポイントに広がり、父親の学歴にともなう差より拡大していることがわかるのだ。(内容一部抜粋)

ということでなんとも見出し重視の記事な気がしないでもないですが…「お受験ママ」なんて言葉もあったみたいに、一般的にも子どもの受験に力を入れるのは母親という印象も持たれがちです。

規律正しい生活、好奇心、勉強への一定の意欲があれば、家庭環境が悪くても賢くなれる! なんていうのはある種理想論みたいなところがあるなんてこと、誰でも知ってます。「友情・努力・勝利」みたいなもんですね。

 

実際のところ、いわゆる「教育格差」はかなり進んでいます。

簡単に言えば、

中学受験しない小学生 VS 中学受験する小学生

という構図。

全国の14人に1人が中学受験する時代です。クラスに1人いるのがAKB48なのだとするならば、14人に1人が受験するとは1クラスで3人ほど、AKBの3倍です。もちろん中学受験する人の学力もピンキリで、乃木坂46クラスの優等生もいれば、「…ん?」って感じの子も…。

ただいずれにしても言えるのは、

・中学受験は「親が無理やりさせる場合が多い」
・中学受験する子は「学校の授業を邪魔だと考える場合が多い」

ということです。

 

母親が張り切って中学受験をさせる場合、

学校の勉強なんてすべて無視していいから受験に集中しなさい!

という、「防御は捨てても良いからバルチック艦隊駆逐に集中しなさい」でおなじみの東郷平八郎を彷彿とさせる指示を行う場合も多く、塾の夏期講習や過去問演習に忙しいから学校の宿題をないがしろにする方針を立てる場合もあります。

クラスに3人は中学受験する子がいるのだから、クラスに1人くらいはこのような全身全霊を込めて受験に集中するよう指示する「東郷平八郎」がいる計算になります。「受験は戦争」なんてよく言ったものです。

母親が高学歴かつ時間に余裕のある人ならば、子どもの代わりに宿題をやって持っていかせるという代行を自らの手で行うのでしょうが、あまり勉強に力を入れてこなかったお母さんならば、自分でやることもできないでしょう。

だからそのような家庭が、宿題の代行を頼む。

自分でできない分、誰かに頼むしかないのです。

 

一方で受験をしない家庭はおおよそこれと逆の場合が多く、学校の勉強以外の勉強を子どもにさせない分、

せめて学校の宿題は自分でちゃんとやりなさい!

という方針を立てがちです。

 

宿題を購入する層というのは、「宿題が出来ないから買う」のではなく、「宿題が出来る(と自分では少なくとも思っている)けど、時間がないから買って済ませる」というパターンってわけですね。

 

 

ちなみに似たような教育格差は「部活」にも起こっていて、学校以外に習い事をさせている熱心な親は「部活なんかさせている時間がもったいないから早く家に帰してくれ」という主張をするでしょうし、他の習い事をさせていない親は「せめて学校の部活くらいちゃんとやらせてくれ」という主張をします。

どちらが正しくてどちらが間違っているなんて理屈はないでしょうが、ここは一生分かり合えないような気がします…。

 

 

学校の宿題すらこなせないやつは、受験なんて受かんないから

ここまで聞くと、メルカリで宿題を購入する人について2パターンの意見を持つことが予想されます。

ひとつめが、

学校の宿題をないがしろにしてまで受験なんてするものなの?

という「塾不要論」「受験否定」派

もうひとつは、

どうせみんなやらないんだから、そもそもくだらない宿題なんかなくしちゃえばいいのに

という、「公立教育否定」派

前者は現状の学校教育制度や教師の質を疑問視や不安視する人がいる限りは、いくら「塾行くのやめよーぜ!」と示し合わせても必ず陰でコソコソ塾に通う人が出てくるので現実味を帯びてこないです。(「テスト勉強とかしなくていいでしょ?」って言うやつほど陰でめちゃくちゃ勉強してる、隠れガリ勉の定理に基づくもの。)

後者は先ほど述べたとおり、宿題が唯一子どもに学習をさせる手段であるという家庭の場合、子供が一切勉強しなくなって格差が今以上に広がるという懸念が生まれます。

 

義務教育のうちは教育課程を終える必要があって、日本人の学力低下が嘆かれる昨今の状況下と「ゆとり教育」の失敗という背景から考えると再び義務教育の学習分量を減らすことは得策ではありません。

ということで、僕自身の意見としてはこうです。

学校の宿題くらい合間を縫って自力でこなせないと、受験なんて無理だと思うよ?

 

つまり、

塾に行っていようが何をしようが、宿題なんて「やっつけろ」

ってことです。

「やっつける」という表現に僕はあまりいい印象を持っていませんが、

宿題を真面目にやる気なんて起きねーよ…

って気持ちもめちゃくちゃわかるので、例外的に強制イベントに限って「やっつけ」もやむをえないとする覚悟でいます。

 

 

 

僕が思うに、学校教育課程における宿題の意味とは純粋な学力向上もさることながら

理不尽に耐える

ことにあると思います。

それが受験や別の勉強にあったとしても、なにかしら理由をつけて「しない」を選んでしまうと、どんどん楽な方向へと流れていってしまうクセがついてしまいます。

もちろん、

学校に行かない/会社を辞める

なんかも「しない」を選ぶ例ではありますが、ここは無理しなくても良い部分だと思います。

 

・対人関係が絡んでくるものは、したくないならしなくても良い
・自分ひとりの力で行わなくちゃいけないものは、したくなくてもしなければならない

これが僕が思う「人生のルール」です。

 

宿題のやっつけ方、教えます!

じゃあいったい、どうやってハードスケジュールの合間を縫って宿題をすればよいのかという話です。

小学校の宿題に絞って内容を確認すると、

①夏のドリル
②自由研究
③読書感想文

が面倒なところの多くを占める部分でしょう。

共通して言えることとして、「宿題の目的」とは何かと聞かれたら僕は、

宿題=大人をちょろまかせるようになる練習

だと捉えている旨、ご理解ください。僕はきれいごとだけを並べ立てる聖人ではないので。

 

①夏のドリル

言わずもがなではありますが、自力で解くべきではあります。ただ答えを横に置いてひとつずつ転写していくだけの作業になると、いよいよ時間の無駄です。

受験をする人にとっては簡単な問題なのなのかもしれませんが、計算や漢字の書き取りってそんな人にとっても意外と勉強になります。

ただし、見直しする必要まではないと思います。一度書いたらなんとなくでも覚えてしまえるものだと思うので。

テスト用のカンニングペーパーを作った際、小さな紙に大事な単語を真剣に詰め込んだ結果カンペを使わず普通に解けたという未遂経験が僕にもあります。不純な動機であれ、集中してやればそこそこタメになるのですね。今はそこで覚えたことをなにひとつ思い出せませんが…。

オススメはしませんが、答えを丸写しする場合は、

8割くらいの正答率に調整して、2割ほどは「わざと間違える」

ことを心がけましょう。満点であることを疑ってくるタイプの教師がいます。あえて不完全を演出することでリアリティを追求する、なんとも哀しいテクニックです。

 

②自由研究

これは中学受験をする小学生にとくにオススメしたいのですが、

入試問題に出てくる理科の実験を、自分が実験したかのように書く

という方法があります。

どこの中学校でもよいのですが、過去問を見てもらうとわかる通り、中学受験の理科の問題は単なる言葉の暗記だけじゃなくてその場で考える力も必要とします。

植物の呼吸や光合成、ものの溶け方、ボールの跳ね方、いろいろな問題が<実験1><実験2>として出題されるので、そこに書いてある実験結果(解答)と問題条件を、そのまま自由研究の紙に書き写せばよいのです。

ちなみに僕が小学生の時は、スーパーボールの跳ね方(大きさの違うボールを縦一列に並べた状態で床に落としたとき、跳ね方はどのように変わるか)について自由研究を作りました。もちろん某私立中学校の理科の過去問を参考にしたものです。

 

自由研究の内容を見て、

むむっ、これは平成○年の…中学校の過去問から引用したな!

ってことに気づける教師なんていません。そんな受験オタクは小学校教師になんてなりません。

素材は中学受験の過去問なのですから、自由研究を作ることが受験の復習にもなります。意識高く見えるし賢く見えるし、丸パク…オマージュは本当に悪いことが無いのでオススメです。

 

自由研究についてはこちらの記事も併せてどうぞ。

 

③読書感想文

こちらも、国語の問題演習の中で出てきた「物語文」の一部抜粋を読んで、設問に関連する事柄やそれに対して思ったことを書けばまったく問題ないです。

「重松清」さんとかが人気なので、そのへんを使えばよいのではないでしょうか。

 

<はじめ>
「(有名な一節/セリフ)」これを最初に見たとき、僕は・・・と思いました。
なぜなら…だからです。こうして僕は、この本をもっと読んでみたくなりました。

<あらすじ>
※本のカバーの後ろなんかを見れば書いてあります。丸写し。

<印象深い登場人物への感想>
この本を読んで、私が最も印象的だったのは、「○○が…と言った場面」です。
もし私だったら、~のようにしてしまったでしょう。

<まとめ>
この作者のほかの本を読んでみたいです。この文章を読んで、これからはこうしていきたいです。

 

はい、この通りに書けばおしまいです。

 

読書感想文については、こちらを。

 

夏休みの宿題 を大変だと言っているのはネタ

実際問題、

夏休みの最終日に宿題を必死にやってるよー…

とかそういう報告は、ある種のフェイクニュースなのではないかと僕は思っています。

なんとなくそういうことを面白いと思っていった人が最初にネタにして、それがどんどん広まり、いつしかそれが真実だと信じこんでしまった人が苦しむようになったものという気がします。

宿題をやるような使命感のある人は、お盆明けくらいには宿題を終えています。一方で、8月の最終日に宿題をやっていない人は、そもそも宿題を最初からする気が無い人です。(誇れるものでは全くないんですけど…)

8月の最終日になってもあきらめず、必死になって全部終わらせようとする。そんな中途半端な状況になる人はいないんじゃないでしょうか?

 

ところが、名前も顔も知らない誰かが嘘か本当かもわからない「夏の思い出」を振り返る際に、

宿題は最終日にやってたわー/親にやらせてたわw

みたいなスカした厨二系発言をすることで、それがいつしか事実になって、宿題売買という闇の深いビジネスにまで発展してしまったという説。

 

…正直な話、僕はなんやかんや真面目に宿題やってました。みんなには

宿題なんかやる気ないから適当だわ

とか吹いてましたが。

 

ぶっちゃけあなたはどうですか?



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