奨学金 で「 破産 」、悪いのは学生?大学?企業?

奨学金 のせいで 破産 してしまう若者が多いのはどうして?原因を考えます。

奨学金 で 破産 するのはどうして? 原因を考える

「 破産 」するかどうかはさておき、 奨学金 そのものを利用している学生は非常に多いです。

もっと勉強したい、でもお金がない…

という学生に向けて一時的にお金を貸し付けたり、成績に応じてお金をあげたりするのが奨学金制度であることはみなさんもご存知かと思います。

確かに今後のより良い人生に向けて中長期的に考えた際、今はお金を借りてでも未来へのスキルアップを優先するというのは正しい、というか仕方のない考え方かもしれません。

 

ですが一方で、現在日本では、「奨学金破産」が社会問題となっているのはご存知でしょうか?

お金を借りて社会に出た若者が、給料を得られるようになってからも結局返せずに自己破産してしまう。

こんな状況が頻繁に起こっているという事実は、見過ごすことはできません。

 

今回は「奨学金制度」にまつわる問題の原因が、

日本の古い労働に対する考え方が今でも根付いているからだ

というお話をしたいと思います。

 

 

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学生の5割が「マイナススタート」

奨学金とは、進学に必要な学費や生活費を支援してくれる制度です。おそらく今現在、奨学金を返済しながら生活しているという方や、子どものために奨学金を借りることを検討している保護者さんなどもこのブログをお読みのことでしょう。

奨学金には大きく分けて2種類あり、大学卒業後に返還する「貸与」型と、返還の必要がない「給付」型があります。

奨学金制度のほかにも、金銭的に苦しい家庭であるものの入試で優秀な成績を修めた学生を対象とした「特待生制度」や、大学が設置されている地域出身の学生を優遇する「地元出身者優遇制度」などのように、金銭の給付・貸与ではなく学費の軽減・免除を目的とした制度もあります。

返還の有無や支給金額、申込資格などは奨学金制度を主催している団体によって異なるため、今後奨学金制度を利用することを検討している学生のみなさんは、各自で調べてみてください。

(参考例)
日本学生支援機構(旧:日本育英会)

 

現在、大学生のおよそ半数が奨学金制度を利用しているそうです。とするならばこれは裏返すと、

社会人になった大学生の半分が、借金スタート

ということを意味しています。

 

「奨学金を利用するのが良いか悪いか?」や、そもそも「大学に行くのは良いか悪いか?」などの問題にも広がってはいくのですが、個人的には、

奨学金を「借りて」ダラダラ大学生を満喫するくらいなら、高卒で働き方を見つけるべき

という持論を持っているので、ここからはその根拠について書いていきます。

 

「4年間遊ぶための借金」という現状

私の持論に対して、

大学に行きたいのに行けないという学生を馬鹿にしている

という批判が起きてしまうかもしれません。先に断っておきますが、大学で専門技術を学ぶことでそれを将来の職種に結び付け、社会貢献を考えるという未来のビジョンが明確に見えた懸命な学生に対しての批判では決してありません。

今回私が問題視しているのは、

社会に出るのが嫌だから、とりあえず大学に行って4年間先送りにしよっと

とか考えている学生についてです。実はかなりの数存在しています。

 

少子高齢化が進む現在、以前の記事でも書きましたが「日本ではもはや大卒が当たり前」という風潮になりました。

 

だから大学に行かないとスタートラインにすら立てないという状況は現実としてありえます。

ただ一方で、

その「スタートライン」は果たして本当に「ゴール」までたどり着ける道なのだろうか?

ということを考えてほしいのです。

 

奨学金を駆使して通った「大学」を卒業したとして、それが必ずしも奨学金の返済に直結するとは限りません。

・就職に失敗する
・非正規雇用での不安定な就職
・初任給の少なさ

など、今の若者には様々な困難が立ちはだかっています。

「大卒」の中にも学歴差が生じている今の日本は、「とりあえず大学いっとけ。そしたらあとはなんとかなる」みたいな発想では進まないのです。

それならいっそ、高校卒業と同時に働き出して貯金してから、自分の道を「奨学金を利用することなく」模索することを方針とするべきではないでしょうか?

結果的に大学に通った方が良いと判断すれば絶対に勉強して大学に入るべきですし、途中で「大学行かなくても別にいいや」となったらそのまま働き続けるなり、起業するなり選べばよいのです。

 

高卒の段階で、

「お金を借りて大学に入る」or「一生同じところで働く」

みたいな両極端な二択かを決めなけらばならないと思い込むから、事態がおかしくなる気がしています。

選択肢を広く持つ

これが大事なのではないかと。

 

そして、「奨学金で大学に通う」と言っても、学費以外に必要なお金の存在を忘れてはいけません。

せっかく大学に入学したのに、奨学金だけでは足りずにアルバイトを始める人も多く、そうなるとその分だけ勉強する時間が削がれて本末転倒です。

・大学生になったのに、一番頑張ったのはアルバイト
・奨学金で通った大学の授業に出席せず、毎日合コン遊び三昧

こんな学生が後の奨学金返済に苦しんだとして、果たして同情できるでしょうか…?

これが私の持論の所以です。

 

大学も説明不足なのでは?

だったら、奨学金が返済できないのは何も考えていない学生が悪いからかと言われたら、必ずしもそうではないと思います。

奨学金返済ができないのは、大学が悪い

これまたひとつの私の持論です。

 

今の大学は、一部を除き大半が入学者不足に悩んでいます。

大卒至上主義に恐怖するに便乗して、とにかく入学希望者をかき集めて、奨学金でもなんでも貸付けて売り上げや利益のアップに貢献させる

なんて考えが横行していても不思議ではありません。

 

そもそも「大学」はおいしいとこどりしすぎだと私は思っています。

「大学を卒業した学生がすぐに社会に出られるようインターンを拡充させたりや内定を出す時期を早めている」という方針の企業に対しては

大学は勉強する場所なので、企業側も配慮してくれ

と苦言を呈する割に、

「大学を卒業しないといい仕事に就けないから大学に入る」という方針の学生に対しては

「大学は勉強する場所なので、就職には関係ない」とは決して言いません。

なんなら、

その通り! だから奨学金を借りてでも入学金を払って、大卒の肩書を手に入れましょう!

って推進している気さえしてきます。

 

最初から大学が、

ウチの大学は勉強するための場所であり、就職のための予備校ではありません。4年間かけて学んだところで奨学金を返済しておつりがくるほどの良い会社や高い給料を保証するものでは一切ありません。その旨理解したうえでお金を借りて入学してください!

と明言するべきなのです。それだけでだいたいの奨学金問題が解決すると思っています。

 

結局「大学は学ぶための場所」という言い分は「大学では職業に関する人材教育が出来ません」と言っているに等しく、それならば「大学に入れば就職が出来る!」と考える学生の考えを訂正することなく悪用する詐欺に等しいのではないかとさえ思えます。

そんなことない! ウチの大学は人材育成まで網羅しています!

と胸を張って言える大学に関しては、民間団体からの奨学金支援の窓口すべてを大学に一元化し、成功報酬で学生に返還させる制度を作ればよい。

それだけの話です。

研究室と企業へのパイプがしっかりしている一部の理系学部を除き、いずれにしても大学が無責任すぎるということも奨学金問題の片棒を担っている。必ずしも学生だけを責めることは出来ません。

 

いつまでも過去を引きずる制度

ここで、奨学金問題に関して、最近の世界の取り組みを見てみます。

アメリカのニューヨーク大学では、医学部の学費が全額無料になるよう奨学金を支給すると発表がありました。地中海の島国マルタにあるマルタ大学では、ブロックチェーン及び分散型台帳技術を学ぶ学生向けの奨学金を設立したそうです。

これら奨学金の共通点としては、

専門技術を学ぶ学生向けの支給=何を学ぶかを重視している

というところにあります。

対して日本の奨学金制度においては、

成績優秀者に向けての支給=これから学ぶ内容は重視していない

という漠然としたものが多く、「とりあえず貸しておけ」感がひしひしと伝わってきます。

 

ここには、日本と海外の企業が学生に対して求めるものの違いが非常にはっきり表れています。

こちらは以前に書いた「株式会社」についての記事ですが、

日本の企業は「終身雇用制」「年功序列型賃金」などを盾に、「新入社員を長い目でイチから育成する」というモチベーションで成り立ってきました。

つまりこれは、

日本企業にとって、学生は入ってくるなら誰でもイイ(=即戦力でなくてもイイ)

ことを意味しています。自分たちが育てるわけですから。

今の日本の奨学金制度にもこの考え方が根強く残っていて、

とりあえず貸し付けたらどこかに就職するでしょ。就職したら給料も上がっていくし、辞めることなんかあり得ない。だから手当たり次第とりあえず貸しておけばいいや

なんて考えから奨学金をばらまいている部分が否めません。

 

ところがご存知の通り、時代は変わりました

転職するのは当たり前/非正規雇用でしか仕事を見つけられない/メンタル疾患が認められての休職・退職

というように、日本社会特有のシステムは崩れ去ったのです。

にもかかわらず、奨学金制度だけが旧来のまま残っている。これは無理があるのではないでしょうか。

 

このような事情も顧みず、「奨学金」という聞こえの良い形で無責任にお金を貸し付け、返済が厳しくなっても差し押さえなどの法的手段をもって無理やり回収する。

「今の若者は奨学金も返せないのか…」などと単に若者の現状を批判するだけで、自分たちが運用する制度を見直そうとはしない。

 

奨学金が返ってこないと貸付団体が嘆くなら話は簡単で、

奨学金を貸す際の審査を、もっと厳しくすれば良いのです。

これを「奨学金の返済を滞納するのは自己責任だ」と切り捨てるのは、時代に即していない気がします。

借りる側も悪いのですが、貸す側にも責任はある。このことも肝に銘じておくべきです。

 

奨学金 、それは「借金」

奨学金が返せず自己破産したというニュースが後をたちません。

奨学金の年間貸与金額は1兆円にも上るそうで、バラエティ番組で素人の学生たちが笑顔で

私今、奨学金で1000万くらい借金がありまーす

なんて自分の今の借金額をフリップに書いて披露するような時代になっています。

軽視されがちではありますが、奨学金は基本的に借りたら返さなければなりません。

奨学金 とは借金です。一歩間違えたら 破産 を招く、借りたお金です。

そして、その契約者は未成年の子どもが大半です。

借りる側の意識の低さも問題ではあるものの、責任はやはり大人がある程度負うべきです。借りる側が軽い気持ちであるならば、奨学金利用を禁止することも含めて。

 

もしもこれから「奨学金を借りよう」と検討している方がいらっしゃいましたら、周囲の身内など含めて全員でよく考えたうえで、選択してください。

自己破産の説明は今回は割愛しますが、それほど簡単なものではありません。

世間は甘く見えるが甘くない

時代は変わったから、自分の身を守れるのは自分しかいない

このような社会になっていることを、どうか知っておいてください。



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