【小説】ゾンビのいる村(後編)

生きる とは何かについて考えた結果、小説を書きました。

前回からの続きです。

この記事から初めてご覧になった方は、続き物になっていますのでまずは前編の方をご覧ください。

 

ゾンビのいる村(後編)

 

前編のあらすじ

人としての生活に疑問を感じて東京を逃げ出した哲也がたどり着いた場所は、石梨村という場所だった。

そこは『哲学的ゾンビ』により構成された場所で、哲也は今の日本では人口減少に伴い水面下で『ゾンビ』が代替されていることをそこで知った。

村で出会った女性、心と行動を共にするうち哲也は心に恋をするが…。

 

 

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第4章:愛

「すご……めちゃくちゃキレイだよ!」

数時間後、哲也は村の山頂から見える光の天然アートに舌を巻いていた。

東京では考えられないような無数の星々が夜空で躍り、まるでこれまで散らしていった哲也の自我が、2人の身体を照らしているかのようにさえ錯覚した。

「あそこに見えるのが、東京よ」

心の示す先に哲也が目を凝らすと、遠くにうっすらと町灯りが確認できた。

遠距離から見ると空と地上が反転した場所かのように美しく思えさえするが、かの場所での扱われ方を思い出した途端に、哲也からすればその光もやや濁ってしまった。

 

と、同時にふと哲也は東京のことが気にかかった。

こうしている今も、大人達は哲也を探しているだろう。なけなしの自我を振り絞って行った東京からの逃走ではあったが、いずれ終わりが来ることは、考えないようにしても哲也につきまとっていた。

ATMなどないこの地で、滞在費も遅かれ早かれ底をついてしまう。

そしてなにより、拒絶し続けても根本的な解決にはならないことを哲也もわかっていた。

 

初めて石梨村に来た時から、哲也は心の強い意志に何度も助けられていた。

この村で哲也を『人』として扱う心さえいれば、哲也は東京でも『人』になれる気がしていた。

 

彼女と一緒にいれば、東京では殺す一方だった自分を蘇生出来るかもしれない。

 

山を下りた民宿への帰り道、星のきらめきを思い出しながら、後押しを感じながら、哲也は心に話を切り出した。

これまでにないほど、哲也の心臓は張り裂けそうになっていた。

他人を巻き込む自分の願望を伝える経験は、哲也にとって初めてのことだった。

「心、僕と一緒に、東京に来ない?」
「東京に来ない? なにそれ?」
「一緒にこの村を離れよう」
「一緒に行くことは出来ないわ。あたしには、日本各地を回るという目的があるもの」

心は申し訳なさそうにしているが、その口調の奥底に哲也は何にも縛られないという強い意志を感じた。

哲也の心臓はなおも高らかに脈を打つ。

「僕は、心のことが……」

 

「あー! いたーー!」

哲也が自分の思いを伝えようとしたその矢先、耳をつんざくような金切り声が哲也の決意に割り込んだ。

哲也にとってその声は、嫌でも聞き覚えがあった。哲也の忌み嫌う『人』代表、ストーカー3人組。

「どうしてここが?」
「ウチら哲也くんのことならなんでもわかっちゃうもん」

ストーカー達が互いに首是しあう。

「哲也くん、遅くなったけどお誕生日おめでとう!」
「あ、でもだいぶ日にち経っちゃったから、もう食べられないかも……」

ひとりがキャリーケースの中から、ホールのバースデーケーキを取り出した。

ケーキは長旅でかなり傷んでおり、文字が書かれたチョコレートのプレートはひび割れ、哲也を模した砂糖菓子は、首が折れている。

「でも、哲也くんなら受け取ってくれるよね?」

ストーカーの陶酔しきった笑顔に、哲也は身震いした。

 

ケーキを渡そうと哲也に歩み寄ったところで、ストーカーのひとりが心の存在に気づいた。

「哲也くん、その子、誰?」
「哲也くん、私たちと結婚するんじゃないの?」
「裏切るの?」

連鎖的に残りの2人も無表情のまま尋ねる。

とっさに哲也は心の手を引き、来た道を引き返してその場から逃げ出した。

ストーカー達も奇声をあげながら2人を追う。

走る哲也達の前に親子の村人2人組がいたため哲也は助けを求めたが、それらはその場を動かず異変の様子を黙って見ているだけだった。

「ここの村人は助けてくれないの?」
「予想外の行動が起こっているから、誰も対応しないのよ!」

哲也の息が絶え絶えになる中、どこまで逃げても後ろの3人は足を止めることがない。

やむを得ず哲也は、大きめの石を3人に向けて投げた。

鈍い打撃音と短い叫び声が響いたが、しばらくして哲也が振り返るとなおもストーカーは追いかけてきていた。

山道を駆け上がりながら後ろに木片を投げても泥をかけても、ストーカー達はひるむことなく、ドロドロになりながら追いかけてくる。

哲也の顔が恐怖でゆがんだ。

3人の様子は哲也にとってまさに、『ゾンビ』の姿そのものに見えていた。

 

最終章:屍

先ほども来た山頂に着いたところで、哲也と心は逃げ道を無くしてしまった。

哲也は自らの死を覚悟した。同時に、刺し違えてでも心だけは守ろうと決意していた。

「巻き込んでごめん……」

哲也は心を強く抱きしめた。心の小刻みな震えが、哲也の身体にも伝わってきた。

「心、愛してる」

哲也の声を聞いて、心の震えが収まった。

ゆっくりと哲也を見上げ、澄んだ瞳のままで心はか細い声で返事をした。

「愛してる? なにそれ?」
「僕、本気なんだ」
「本気って……?」

心の返答も聞けないまま哲也を現実に引き戻したのは、砂利を擦る足音だった。

2人はとうとうストーカー達に追いつめられてしまっていた。

足を引きずり、血と泥が混じった黒褐色に覆われたストーカー達は、

「コロス……」

としかもはや声を発していなかった。

 

ストーカーのひとりが、ケーキ用に持参したと思しきパン切り包丁を取り出し、哲也に向けて飛びかかった。

覚悟を決めた哲也だったが、ストーカーは哲也の目の前で目線をそらした。

進行方向を右に変え、包丁を横に振り……標的とされたのは心の方だった。

 

愛する『人』が目の前で倒れる光景を、哲也はモニター越しで見ているかのような実感のなさで捉えていたが、耳障りな弁解の言葉とあわてふためく声が聞こえるにつれ、次第に状況を理解し、そして我を忘れていった。

「この女が動くから……ちょっと脅かすつもりだったのに……」

さすがに動揺したのか、ストーカー達は泣きながら取り乱しており、怒りと悲しみに満ちた哲也の叫び声を聞くと、そのまま森へと逃げていった。哲也は心に駆け寄った。

 

「心……僕はキミのことを愛してる。短い間だったけど、キミはいつも笑顔で僕に色々教えてくれた。こんなこと、初めてなんだ。もう、どうすることも出来ないんだね。お別れなんかしたくないけど、最後にひとつだけ聞きたい。この先もずっと、僕のことを愛してくれますか?」

 

心は、ゆっくりと答えた。

 

「『心……僕はキミのことを愛してる。短い間だったけど、キミはいつも笑顔で僕に色々教えてくれた。こんなこと、初めてなんだ。もう、どうすることも出来ないんだね。お別れなんかしたくないけど、最後にひとつだけ聞きたい。この先もずっと、僕のことを愛してくれますか?』? なにそれ?」

 

危機的状況にも関わらず見せた心の作ったような笑顔と、質問を理解できない際のオウム返しの返答に、哲也は石梨村の住人の顔が重なった。

と同時に、哲也の脳裏を恐ろしい可能性がよぎった。

「まさか……キミも……?」

心の身体からは褐色の液体も流れ出てこず、開いた傷口からは濡れたうどんや大型のミミズのようなものも見えなかった。

かわりに哲也の五感を刺激するのは、焦げ付いた樹脂のねっとりした臭いと、細やかに弾ける閃光とショートする音だけだった。

 

哲也の知る限り、ロールプレイングゲームには必ず、その村を案内してくれるサポーター役のキャラクターが存在していた。

人工的な場所なのだから、ガイド役がいてもおかしくはない。

その仮定の元でこれまでの言動を思い返すと、哲也は自分の中でなにかがどんどん壊れていくのを感じた。

 

『人』でないものに『人』としての可能性を感じ、『人』であるはずの自分がそれに憧れ、恋い焦がれていった……。

事実を何度も反芻するうち、結論として待ち構えているものは絶望のみだった。

「ハッピーデースデイ……」

抱く手を離し、哲也は礼儀のつもりで最後にそう振り絞った。それ以上は何も言えなかった。

心が動かなくなるまでいくばくも無かったが、その間哲也は、泣きながら立ち尽くすことしか出来なかった。

外が明るくなるにつれ、哲也の目は暗くなっていく。

恐怖と孤独は夜が明けるまで、あたかもそうプログラムされているかのように哲也の脳内を周回し続けた。


翌朝、疲労も残り顔面蒼白な状態のまま、哲也は石梨村をあとにした。

初めて来た頃にはあれほどビビッドに見えた風景も今やすっかり脱色され、うつろな目をした哲也は数歩歩いては立ち止まり、少しずつ前に進むのが関の山だった。

 

ようやく哲也が村の入り口に着いた頃には、陽もすっかり高くなっていた。グレーの作業服を着たひとりの男性が哲也に話しかけた。

「すみません、ここって石梨村でしょうか?」
「ここは石梨村です」
「定期メンテナンスに伺いました」
「メンテナンス……? なんですかそれ?」

しばらくの沈黙ののち、らちがあかないとばかりに男性は哲也に頭を下げると、話を切り上げた。目線を男性に送ることもなく、哲也は再び少しずつ歩き始めた。

その様子を見送りながら男性はカバンからノートを取り出すと、『石梨村入り口、顔色悪く返答鈍い、廃棄検討』と記し、背後から哲也に近づいた。

 

まもなく、日本からはまたひとつ、『人』がいなくなる。

【終】



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