【小説】ゾンビのいる村(前編)

死生観 について、最近様々なことを考えさせられます。

2018年は訃報をたくさん耳にしている気がします。著名な方が亡くなるというのはファンの方にとっては耐え難いことだとは思うのですが、それと同時に

死んで「おめでとう」と言われる時代もあったんじゃないか

という考えが脳裏をよぎります。

 

戦争があったころは、自ら死に向かうことを「美徳」だとみなす空気感が日本にもあったと聞きます。昔の人が積極的に仏教を信仰したのも、現世を離れて「来世へ希望を見出すため」だったと学校の授業で習いました。

逆にこの先、万が一世界が衰退の一途をたどっていったとしたならば、

生誕を「悲しい」ものだと捉える風潮が生まれるかもしれません。

 

死生観 については世間の多数派の意見こそあれ、私自身の結論はまだ出ていません。そんなもやもやした状況の中で、1本の短い小説を書いてみました。

何をもって人は「生きている」と言えるのだろう

をテーマにしたものです。よろしければぜひお読みください。

 

<ゾンビの住む村>

 

 

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第1章:人

安井哲也(やすいてつや)は、かろうじて『人』だった。

東京では、大人に糸引き人形として踊らされてきた。

哲也は『人』が何たるかを知らない。哲也には物心ついたときより26年間、俳優としてのお役目しか与えられていなかった。

愛想を振りまき、道化を演じ、毎度己の人格を脚本という後乗せに委ねてきた。

哲也は自分のことを、マスメディアや人権団体の擁護対象となる『人』ではないと思っていた。東京での哲也は意志や願望をもたない、言うなれば『ゾンビ』なのだった。

 

石梨村(いしなしむら)の存在を知ったのは偶然で、ただただ悪意から逃げ惑ううちたどり着いた場所だった。

都心から鈍行列車やバスに揺られることおよそ4時間、乗り継ぎなどの記憶はおぼろげだ。我に返った時には、哲也は退廃した無人駅の前で、薄れたペンキの中でかろうじて読める「ようこそ石梨村へ」の看板の前に立っていた。仕事で地方に赴く時に散々見聞きするようなプラカードや大歓声も無く、迎えたのは高い目線の太陽と、地を這う草木や虫だけだった。

 

哲也が東京から逃げた所以は他にもあった。

世間にとって100点を演じる哲也には相当数のファンがおり、中には「100点の哲也を自分たちだけのものにしたい」と考え、そのために手段を選ばない輩も存在した。

いわゆるストーカーである。

常に3人で行動する彼女らは哲也のスケジュール一切を把握しており、頼んでもいないのに哲也とともに東奔西走する。

自宅を突き止める、電話をかけてくるなどまだ良い方で、哲也の周囲に女性の気配があろうものなら、容赦ない攻撃を仕掛けて根本から芽を叩き潰す。哲也が注意しても、逆に哲也に認知されているという事実に有頂天になる始末。

彼女達にとって哲也は理想的な人なのだろうが、

「哲也さんほどの素敵な人に、私たち会ったことありません!」

と彼女達が発するたび、本質を見られない浅はかな大人なのだなと、かえって哲也は彼女達を遠ざけていった。同時に、彼女達の言う『人』が意味するところをかねがね疑問に思うのだった。

幸い石梨村まではストーカーもついてきていない様子だった。

人類だけが死滅する生物兵器を撒かれたあとを彷彿とさせるほどの静けさに包まれた空間の中、緑と青とバラック小屋の黒という最小限の配色で覆われた景色を前に、哲也は久方ぶりに大きく息が吸えた。

 

束の間の『人』になれた哲也を次に襲った感覚は、空腹だった。

幼いころから身寄りのいない哲也は、自分の惨めさを助長しうるこの感覚を味わわないようにすべく、大人たちの意志にこれまで従ってきた。世間の願いさえ叶えていれば、衣食住に不自由することはない。

だが今の状況では、金はあれども米も肉もない。携帯の充電も間もなく切れる。

不思議と哲也は落ち着いていた。

両脇を原っぱに占領された、なるべく広い道をあてもなく歩きだすまで5分とかからなかった。世界中でひとりきりと錯覚してしまうような状況ではあったが不安などはさほどなく、むしろ黄緑色がこれほど鮮やかだと知れた初めての経験に魂を躍らせていた。

とはいえ身体のエネルギーには限界がある。足取りも次第に重くなり、1時間ほど歩いて色彩の新鮮みも薄れかかったころ、ようやく哲也の眼前にひとりの老婆が現れた。テレビでよく見る、畑作業の格好そのものだった。

哲也の心に、別の安堵が湧きおこった。

「すみません、ここって石梨村ですよね?」
「ここは石梨村です」

老婆の柔和な笑顔に哲也の心はますます癒された。崩壊した世界の中で、同じ生き残りを発見した気分だった。

「民宿ってどこですか?」
「民宿はこの道をまっすぐ行った先にあります」

老婆の指差す先には、平坦だったこれまでの道をそれた、山なりの細い獣道が続いていた。確かにぽつぽつと住居が見える。どうやら集落があるようだった。

「ありがとうございます。あと、コンビニってどこかにありますか?」
「コンビニ? なんですかそれは?」

老婆は首をかしげる。

「コンビニエンスストアです」
「コンビニエンスストア? なんですかそれは?」
「ほら、セブンイレブンとかローソンとか」
「セブンイレブンとかローソンとか? なんですかそれは?」

老婆の要領を得ない応答に哲也は多少の苛立ちを覚えたが、すぐに思い直した。

見たところかなり年をとっているようだから、コンビニを知らないのも無理はないのかもしれない。

ひとまず哲也は老女に礼を言い、集落へと向かうことに決めた。返事もせず老女は去っていった。

 

老婆に示された道をさらに歩いていると、今度は若い女性がベンチに座っているのを見つけた。

何をするでもなくただ虚空を見つめているその姿は、東京だと家出娘に定義されるそれだったが、意に介さず哲也は話しかけた。

「こんにちは」
「ここは石梨村です」

先ほどの老婆同様の笑顔を見せる女性に、哲也はなおもすがるように質問をぶつけた。

「このあたりに、コンビニはないですか?」
「コンビニ? なんですかそれは?」
「食べ物と、携帯の充電器が売っているところを探していて……」
「食べ物なら、お店で買えますよ」
「なのでコンビニを……」
「コンビニ? なんですかそれは?」
「コンビニじゃなくても、携帯の充電器が買えるところを知りませんか?」
「携帯の充電器が買えるところ? なんですかそれは?」

やはり会話が噛み合わない。先ほどの老婆もこの女性も、コンビニや携帯の充電器の有無というよりも、これらの単語そのものを知らないような物言いだった。

「なんなんだよこれは……」

 

第2章:心

哲也がこれまで知っていた世間とのギャップにうめいていると、声を聞きつけたのか、ひとりの女性が哲也のもとに近づいてきた。

大きなリュックサックを提げ、Tシャツとパンツ姿のその女性は、哲也の目から見てもここの村人ではないようだった。女性は周辺の村人一切を無視し、哲也の方だけを見ている。

「あなた、この村の人じゃないわね」

強い目力に気圧されて、哲也は少したじろいだ。

「はい、旅行に来ていて……」
「私についてきて」

そう言うなり、束ねた長い髪をたなびかせ、女性は哲也の手を引き集落の奥へと進んでいった。

 

道中、数人の村人とすれ違ったが、誰も哲也達に反応する者はいない。まるで各々に作業や持ち場あらかじめ与えられており、そこから離れられないかのように、村人達は同じ位置で停止と再開を繰り返していた。

哲也が連れられた先は、鄙びた民宿だった。

周辺を森に囲まれたその古い木造建築物は、取り壊しが決まった温泉宿と聞いても納得してしまうほどであり、心霊スポットとも誤解してしまう外観をしている。

「ここが村唯一の民宿よ」

さっさと中に入って受付をする女性に、哲也もついていく。一方的に話を進める彼女だったが、相手の顔色を伺い自らの意向を後回しに考える癖の染み付いた哲也にとって、それは頼もしく思えた。

 

外観からの予想とは裏腹に、建物の中は掃除がいきとどいておりキレイだった。

所々扉の無い部屋があるようで、田舎特有のオープンな土地柄ゆえなのかと一瞬哲也は不安になったが、案内された畳の客間にはしっかりカギ付きの木の扉がついていた。部屋には大きな壺と木箱、部屋に不釣り合いなタンスがあり、哲也は村人のグッズセンスを疑った。

「この村の人って、なんなんですか?」
「この村の住人は、みんなゾンビなの」
「は? 何言ってるんですか?」

心の予想だにしない回答に、哲也の声は上ずった。

哲也の思い描くゾンビとは、ただれた皮膚にボロ布をまとい、足をひきずり噛み付こうとしてくるモンスターだった。

見たところ石梨村の住人はみな普通の服装だし、しっかりと歩いている。食べられそうになるような窮地に陥った経験も無い。

「ゾンビって、どういうことですか?」
「村人はみんな、”哲学的ゾンビ”なの」
「”哲学的ゾンビ”? なんですかそれ?」

意図せず哲也まで、先ほどの老婆や女性同様の反応をしてしまっていた。聞き慣れない言葉について、さらに説明を求める哲也を面倒がることもなく、女性はひとことひとことゆっくりと答えた。

「哲学的ゾンビっていうのは、見た目はあたしたちと同じなんだけど、いわば意識を持っていない存在よ。笑いもするし、怒りもする。でもそれはそういう風にプログラムされているだけ。決められた通りにしか行動できないの。だから、プログラムされていない言葉や例外的な行動を前にすると、村人達は聞き返すことしか出来ない」

女性の話すスピードと同じくらいゆっくりとしか、哲也は会話の内容が理解できなかった。村の入り口で見た老婆の笑顔がプログラムなどとは、哲也には到底信じられなかった。だがそれと同時に、腑に落ちるような言動をいくつか体験した事実を否むことも出来なかった。

哲学的ゾンビとはおそらく、ロールプレイングゲームの世界の住人に近いのだろう、と哲也は自分なりに解釈していた。

ゲームの中にいるキャラクターは、数パターンの受け答えしかしてこない。同じ場所を何度も往来している。

そう言われてみれば、この民宿の構造もゲーム内での宿屋の内部に似ていた。ただ存在としては認めることは出来たものの、現実世界にそんな世界があるというのは哲也の想像の範疇を超えていた。

壺の中を覗いてみたり、タンスの引き出しを開けたりしながら、哲也は思考すると同時に長らくの間沈黙していた。

その間に彼女から哲也に話しかけることはなかった。きっと彼女もはじめは自分と同じくらい混乱したのだろう、哲也はそう推測した。

 

次に哲也の疑問は、目の前のこの女性に対してに移った。

「あなたはこの村で何をされているんですか?」
「私はバックパッカーなの。日本各地の村を旅してる」
「なんのために?」
「うーん……自分のため? 一度きりの人生だもん、色々見てみたいじゃん」

大きなリュックをなでながら、女性は答えた。大きな目の奥は爛々としており、見た目こそ哲也と同じくらいの年齢ではあるものの、彼女の方がはるかに『人』として生きていると哲也は感じた。

「お名前はなんて言うんですか?」
「私は、心(こころ)。生田(いくた)心よ」
「良い名前ですね、僕は安井哲也と言います。僕、東京では……」

ぐぅぅぅ…、と大きなお腹の音が哲也の語りの腰を折った。恥ずかしそうにする哲也とは対照的に、心はニコッと笑った。

「お腹減ったんですけど、ご飯はどこで食べられますか?」
「こっちよ!」

心は哲也を食堂へと案内した。

 

食堂での店員の応答や、料理を頼むまでの手順、厨房での調理風景などはどこをとっても村人が『ゾンビ』だとは信じられないほどスムーズだった。

やがて運ばれてきた、地元特産だという山菜ごはんを頬張りながら、哲也は心と共に、この村で起こっていることについて考えた。

「この村は、いつからこんな感じなんでしょうか?」
「私が来た時にはこうだったわよ。でも、別に珍しいことじゃないわ」
「そうなんですか?」
「私たちが産まれるずっと昔、日本各地で人が全然いなくなっちゃったんだって。だからここみたいに、村『みたいな』場所が作られたらしいわよ」
「なんのために作ったんですか?」
「日本の人口が減ったって、世界に発表したくないんじゃないの? ただでさえ数十年前には、少子化だ高齢化だとか言われてたらしいし」

『少子高齢社会』という言葉を、哲也もうっすらと聞いたことがあった。

かつて日本が抱えていた課題らしいのだが、哲也が物心つく頃には話題そのものが風化しきっていた。実は今も水面下で、意志を持つ『人』の減少を人工的な『ゾンビ』が補っているのかもしれない。

「東京にいたら人はいっぱいいるし、実感したことなかったなぁ……」
「東京! 人がたくさんいるところらしいわね。私も行ってみたいわ!」

好奇心に満ちた目で心は身を乗り出したが、対照的に哲也は愛想笑いしかできなかった。

見渡す限り食堂の従業員達はみな規定に沿ってに動いているらしく、注意して見ると一定のリズムでテーブルを回っている。

哲也はそれを見ながら、プログラム通りに動く村人達の行動と、大人達の指示通りに動く自分の行動に、さほど差がないように感じた。

「実は僕も、人間じゃなかったりしてね……」
「何言ってるの! こうしてあたしと話してる、あなたは立派な人間よ!」

心の励ましを受けて、哲也は救われた気持ちになった。

その日心と一緒に食べた山菜ごはんとキノコ汁からは、この村には不釣り合いなほど『人』の温かみを感じた。

 

第3章:祝

翌日からの石梨村での滞在中、哲也は心と行動をともにすることに決めていた。

民宿の従業員との会話には変わらずの違和感はあるものの、食事も美味しいし、質問しない限り話しかけてくる『ゾンビ』はいない。

携帯のバッテリーが切れてしまったのも、哲也にとってむしろ好都合だった。

都会の喧噪から離れ、哲也は『人』としての生活を満喫していた。

哲也を楽しませるような幻想的な大自然の様子も、石梨村には多く見られた。生の象徴とも思えるような大木や、汚れてしまった心を洗い流す轟音の滝を前にするたび、哲也は感動の声をあげた。

その横にはいつも心の姿があり、哲也の質問に解説を加えてくれた。

 

1週間を過ぎた頃、日課の自然探検からの帰り道でふと、宴会を開いている民家の存在が哲也の目についた。これまでの村人の行動パターンには、宴会など存在していなかったのだ。

「あれは何のパーティーをしてるんだろうね?」

連日の同伴にすっかり気を許し、今や哲也は積極的に心に話しかけるようになっていた。

「どの村人だったか、『デースデイパーティー』って呼んでたわ」
「デースデイ?」
「産まれた日じゃなくて、この村では誰かが死ぬ日にお祝いするみたい」

 

『死ぬ』と『お祝い』という連想に哲也は少々の時間を要したが、ひとつの仮説を立てた。

村人は言わば作られた存在なのだ。破損や経年劣化、アップデートのことを便宜上『死ぬ』と定義していてもおかしくはない。

仲間の死を喜ぶ村人の談笑は、『人』から解放される喜びを分かち合っているようにも聞こえた。

「まぁ、バースデイよりはマシかもなぁ……」

哲也がそうひとりごつのには理由があった。

生まれつき身寄りの無い哲也は、誕生日など知らない。事務所の大人達の意向で勝手に誕生日を決められていたのだ。

仕事現場で微塵も思い入れの無い花束を笑顔で受け取り、ロウソクの火を吹き消し、礼を言う。それが同じ月に十数回もあるのだから、誕生日はメモリアルな日、という感覚すら持てない。

哲也が東京を離れた理由のひとつに、今月が誕生日だからということもあった。

 

浮かない顔をする哲也を、心は心配そうに見つめていた。

「僕、俳優だからパーティーとかうんざりしてて」
「俳優? なにそれ?」
「信じられないかもしれないけど、僕、それなりに有名人なんだよね……」
「有名人なんて、あたし知らない。そんなのどうでもいいじゃない!」

心は哲也の方を向いてそう言い放った。

初めて2人が会った時から、心が哲也を見る目は変わらない。まっすぐ相手を見つめる心の目は、自由でありながら芯が通った本質を体現していた。涙の気配などないのに、光が当たるとキラキラと輝いている。

「そうだね、僕は東京よりここでの生活の方が素敵だと思う!」
「あ! 素敵といえば、この村には素敵な場所があるの! 行きましょ!」

都会を否定したばかりの哲也の手を引いて、マイペースを貫く心は山の方へと歩み始めた。哲也は苦笑を浮かべながらもそれに従った。

 


「石梨村……ここで間違いないんだよね?」
「うん、この沿線での目撃情報をツイッターで募ったら、ここより前の駅では見た人はいたけど、その先の駅では目撃者はいなかった。だから探せばきっといるよ!」
「もー哲也きゅんってば、ウチらに黙ってどっかに行っちゃうんだもん」
「きっと私たちの助けを求めてるよね? もう8日目だもんね?」

同じ頃、東京からは哲也のよく知る『人』が石梨村に向けて迫ってきていた。

 

>>後編に続きます。



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