高校野球 (甲子園大会)を不公平だと感じるキミへ【全部平等にしてみた】

高校野球 に出場する高校や生徒に対して、不平等だと主張する人が多いので、完全に条件を平等にしたらどうなるのかを考えました

高校野球 (春・夏の大会)は戦力が不公平? じゃあこうすれば納得できる?

高校野球 (第100回大会)の決勝戦が行われたというニュースを見ました。

秋田県の金足農業高校と大阪府の大阪桐蔭高校との対戦で、第100回という節目だったこともあり来場者数は歴代最高だったらしいです。

近隣の飲食店、宿泊施設や交通会社なども含めると、開催がガタガタだった地方のお祭りよりもはるかに大きな経済効果があったことだと思います。

さてその試合結果は、大阪桐蔭の圧勝でした。敗れた金足農業も決勝まで来れたわけだし大健闘だったと思うんだけど……世間の評価の仕方に、こんな違和感を感じました。

金足農業に肩入れしすぎじゃない?

大阪桐蔭は野球の名門校。一方の金足農業は秋田県としても103年ぶりの決勝戦進出らしいです。前々から注目されていた学校では決してないのでしょう。

人間は劣勢に見える方を応援したくなる生き物だから、大阪桐蔭を「最強のラスボス」、金足農業を「主人公」に見立てたくなる気持ちはわかります。漫画だってだいたいこういう構図だし。

 

だけど、だからといって大阪桐蔭を批判するのは違うと思う。

特にひどいと思ったのは、

大阪桐蔭はずるい! 金足農業がかわいそう!

という意見。

 

……「ずるい」とは?

そりゃ試合開始から大阪桐蔭に3点入った状態でスタートしたり、金足農業の生徒は全員手足に5キロの重りをつけることを義務付けられたりしていたら、それは確かに「ずるい」と思う。

前提条件が全く平等じゃないから。

だけど、「同じ日本の高校生」「同じ試合環境」において個々の実力差が出ることを「ずるい」なんて言っていたら、競争社会の日本じゃとても生きていけない

 

そこで今回あたしは逆に、

大阪桐蔭をずるいと表現する方々の主張内容を検討し、これらの主張をすべて受け入れた

最高に「平等」な高校野球とはどのようなものか

について考えてみた。

 

 

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高校生の人生を賭けた「就活」に水を差すな!

あたしは前から高校野球のことを、「カメラ撮影が入った、団体で行う就職活動」だとみなしています。

プロ野球選手の雇用体系について「サラリーマン(被雇用者)」と見るか「個人事業主(業務請負)」と見るかは見解が分かれることもあるみたいだけど、チームや球団の一員としての行動が必須であることや「労働組合」が組織されていることから、「雇われている」と考えるのが自然でしょう。

となると、「プロになる=就職」であって、甲子園に出ることはチームに雇われるためのアピールをしに行くのと変わらない。

甲子園に出なくてもプロ入りできる場合もあるだろうけど、甲子園に出ないと自分を見てすらもらえないと息巻く高校生が大半なはずです。スカウトの人員や、視察に行ける高校数には限りがあるもん。全国に5,000近くある高校のすべてをひとつひとつ回っていたらキリがない。

高校生は、甲子園に出られないとES選考で落とされたのと同然

このように考えても仕方のないことだと思います。

 

となると、プロ入りを希望する高校生はまず、

なにがなんでも甲子園!

って気持ちになって当たり前でしょ?

なにがなんでも甲子園に行きたいなら、行く方法は簡単。

強い選手が集まる学校に自分も行く

これに限ります。

大阪桐蔭にはプロ注目の選手がたくさんいて、全国からプロ志望の優秀な学生が集まってくる。そしてそれを学校は受け入れ、その期待に恥じぬよう練習設備や高校生のケアに予算をつぎ込む。

素晴らしいことじゃん!

野球は「団体行動」だから、個人の実力がどれほどでも限界がある。就活でいうと、グループワークで足を引っ張る人がいたら迷惑だ、っていうのと同じ。

となると、実力のある高校生が一か所に集まるのは、

生徒:アピールチャンスが増える
スカウト:視察場所が最低限となり能率的
学校:話題になれば運営資金が集まり、より環境設備に投資を回せる

素晴らしい! 誰も損していない!

 

え? プロ志望じゃない人はどうなんだって?

野球を働き方に選ぶ以外でも、甲子園に出場することは非常に価値があります

たとえば今後、本来の意味での「就活」を迎えた時、

甲子園に出場した経験があります!

って言えば、内定はすぐもらえるでしょう。

「稀有な経験者」と「体育会系」なんて、日本の企業が一番欲しがる人材だもん。営業職まっしぐらよ。

ってことで、そんな高校生の将来の進路を決める大事な試験を前にして、

ずるい!

なんて水を差すことはありえない。

それはただの僻みやっかみにしか見えません。

 

名門校を「ずるい」って言うなら、あなたは一生地元暮らし!

とはいえ、高校野球を応援することを「ただの自らの娯楽」だって捉えた上で批判している人もいるはずです。「高校生の人生なんて自分には関係ない」と考える人たちが唱えがちな、名門校に対する批判内容について、「ずるい」と主張する部分を具体的に検討してきましょう。


<ずるいポイントその1:都道府県代表なのに、地元出身者が全然いない>

全国各地から人を集めたらそりゃ強いに決まってる!

っていう主張をする人の言い分がこれ。

確かに2018年夏にベンチ入りしていた大阪桐蔭と金足農業のメンバーを比べてみると、

大阪桐蔭高校生徒の出身中学校

大阪府:5名
奈良県:2名
兵庫県:2名
北海道:1名
滋賀県:1名
京都府:1名
和歌山県:1名
愛知県:1名
岐阜県:1名
愛媛県:1名
徳島県:1名
佐賀県:1名

計18名

金足農業高校生徒の出身中学校

秋田県:18名

計18名

というように、圧倒的差がある。

だからといって、それがずるいかと言われたら決してそんなことはありません。

 

高校野球という話題だから錯覚を起こしてしまっているのかもしれないけど、地元の都道府県以外の高校に通うのって、別に普通でしょ?

高校進学を機に地元を離れて、学校代表として大会に出場しただけ。そんな人、いくらでもいる。

「地元の代表は、地元出身者であるべき」

この言い分をまかり通してしまうと、出自で人を差別しているように聞こえる人も出てきます。「サッカーワールドカップのドイツ代表が移民ばかりでずるい」って批判しているのと、根っこの部分は変わらないんじゃないの?

もっと突き詰めてこの言い分をとらえると、全ての日本人は出身都道府県を一生出ることが出来なくなる。つまり、「上京禁止」

そうしてもあたし個人的には全然かまわないと思っているけど(嫌でも地方活性化につながるわけだし、日本全体で考えるとプラスに転じる面もある。)、だけどそんなことしたら確実に暴動が起こるでしょ?

居住移転の自由(日本国憲法第22条第1項)に反するし、なにより不便ですしね。

 

それに見方を変えたら、全員を地元出身者で統一していることがプラスになっている面もあります。

地元応援のためだけに民間企業が空の便を増やすなんて普通は考えられません。

内実もよく知らず、単なるイメージや心象だけで相手チームを応援する風潮を作り上げられて、「ずるい」と感じているのはむしろ、大阪桐蔭の方かも……。


<ずるいポイントその2:もとから強いやつを集めたらそりゃ勝てる>

出身地関係なく、大阪桐蔭の選手を実績でとらえるとこのような言い分になるらしいです。

実際大阪桐蔭の選手を見てみると、全員がリトルリーグまたはリトルシニアまたはボーイズリーグ所属だったようです。これは受験でいうと、「塾」にあたる組織で、中学校の部活とはクオリティが全然違う。

対して金足農業の方は、シニア出身が1人。あとは地元中学校の野球部(軟式含む)しかいません。

でもこれが果たしてずるいと言えるのか、あたしにはそうは思えないのです。

 

たとえばこれを受験に当てはめて考えた場合、

東大に合格した私立の学校の子はみんな中学校から塾に通っていた! ずるい!
公立高校の子たちは塾に行ってない子も多いのに不平等だ!

みたいな論調になるけど、この場合、塾に通っていたってことが批判の対象になるのでしょうか?

どちらかと言えば、学力に差が出る現状を生み出している公立高校の教育内容のずさんさが批判されるべきだと思うんだけど……。

 

仮に批判されるとしても、その対象となるのは大阪桐蔭の高校球児や学校そのものではないと思う。

ベンチに入れるのはたった18名。名門になるにつれ競争は激しくなるわけだし、大阪桐蔭の高校球児は才能だけでなく、死に物狂いの練習を重ねた結果甲子園に行けている。そして、その練習環境を最大限整えているのが学校。

お金で才能ある人を集めて、練習もせずあぐらをかいていたわけではありません。

地方の学校の練習環境が悪い! もっと資金を投入すべきだ!

という批判を仮にするのなら、まだ言い分はわかります。だけど公的資金を大々的に投入するわけにもいかないだろうし、(甲子園のために税金を投入したとなるとまた別の批判が集まる。)環境を整えるためには寄付金が何より大事になります。

だから、

批判するなら、弱小校に寄付金送れば?

こう言わざるを得ません。


<ずるいポイントその3:開催地(甲子園)に近い>

「地の利」というのもあるかもしれません。

たとえば秋田から遠路はるばる兵庫の甲子園にまで移動してくるのは肉体的にも精神的にも疲労がたまるのに対し、大阪の高校は普段慣れ親しんだ空気感の中で試合に臨めるかも。

これに対しては、そこをずるいと言い出すとキリがないって言いたいです。

各都道府県の代表チームメンバーは、大会期間中各々が宿泊施設に滞在します。すべてが主催者の管理下に置かれ、練習時間まできっちり決められています。

だけど、全員が同じホテルに泊まり同じ場所で練習するわけではありません。

秋田代表選手の泊まったホテルより、大阪代表選手の泊まったホテルの方がクオリティが高くて疲れが取れやすい

とかがあったらずるいけど、それは正直わからない。

仮にあったとしてもそれはホテル側の落ち度なわけであって、選手が責められる筋合いはないはずです。


 

このように、どの「ずるいポイント」を考慮してみても、大阪桐蔭高校という学校や生徒は全く悪くないってことがわかります。

それでも「納得できない!」って言う人のために、じゃあいっそ完全に平等な条件を追及してみるとどうなるかを考えてみましょう。

 

平等が大事なら、 高校野球 (甲子園)の伝統はぶっ壊せ!

高校野球は都道府県対抗戦。各都道府県から1校ないしは2校出場して競います。

今の出場基準は、「通う高校がどの都道府県に所属するか」となっています。生徒の出身地などは全く考慮されていません。

おそらく上記の「ずるい論」の人々の考えから察するに、

高校生を出身地(都道府県)別に分類し、その中から大会出場メンバーを決める

というのをご所望なのだろうなと感じます。

 

ただしこの場合、定義を微細にまで決めておかないと、後々いろんな問題が生じるでしょう。

1:出身地はどこが基準? 本籍地? 戸籍住所?
2:海外出身者はどうするの?

 

たとえば、こんな人がいたとします。

高校球児
高校3年生です。僕の実家は現在神奈川県にありますが、本籍地は東京都になっています。母が里帰りしているときに産まれたため、出生地は群馬県です。父が転勤族だった影響もあり中学に入学までは栃木県茨城県と引っ越しを繰り返しました。中1の夏から3年間は家族で沖縄県で暮らし、沖縄の中学校で卒業式を迎えました。高校1年と2年は埼玉県に住み、県立高校に通っていたのですが、高3の4月からは神奈川県在住で、神奈川県の高校に転校しました。

さて彼は、何県代表で出場すればいいのでしょうか?

こんなのもはや、クイズです。

 

生まれも育ちも同じ都道府県の人にのみ出場資格を与える

というわけにはいきません。たった一度の引っ越しで、高校3年間の夢がついえるなんてそれこそ不平等だからです。

だからすべての学生を等しく扱うためには、どこかの瞬間をひとつの基準にする必要があります。

産まれた瞬間の場所が代表の場所/高校に入学した場所が代表の場所

みたいな感じで。

だけどそれは同時に、「基準を作ってしまうと、出場都道府県を操作できてしまう」というおそれを生み出すことにもつながります。

たとえば、「出身地」や「出生地」を基準にしますと決めたら、出産時期になると意図的にお目当ての都道府県に引っ越す家庭が絶対に出てきます。

高校球児が野球を始めたきっかけは、「親が子育てにおいて野球に力を入れたから」というケースが非常に多いからです。

おそらく単純な数の比率でいくと、都心部よりも地方の方が高校生の絶対数が少なくなるから、その分地方代表になった方が高校野球大会出場の可能性がグンと高くなる。競合者は、いない方が得ですから。

 

この際ある程度操作されることは割り切って、

提案A:生きている中で最も長く滞在した場所を代表地にする。

もしくは

提案B:中学校の卒業式を迎えた場所を代表地にする。

のどちらかが良いのかなと個人的に思ってはいるけど、Aだと高校3年間のうちに途中で代表地が変わる可能性が出てくるし、Bだと上記例のように「基本はずっと関東にいたのになぜか沖縄代表」みたいな事態がありうる、みたいな欠点もそれぞれ抱えています。

また、上に挙げた基準は「高校入学段階」としても別に良いんだけど、それだと

県外の学校に通っている生徒が多い今と全く状況が変わらず、高校生になったとたんに場所を決められることになる

から、まったくの無意味になります。だからせめて、義務教育期間である「中学校」をひとつの境目にしたほうがイイんだろうね。

 

同じく、中学校卒業までを海外で過ごした帰国子女高校生はどうする?って問題もつきまといます。

いっそ「海外代表」って枠を作って、各都道府県+海外の48チームで頂点を争うようにする?

だけどその状況で、「海外」を応援する人は出てくるのだろうか…?

 

これらの「代表どこにする?問題」を解決したとして、次に待ち構えるのは

学校における設備格差問題

です。

今のまま都道府県ごとにある練習設備を一か所に集約して比較すると、これまた確実に、大阪などの都心地区が充実していて秋田など地方圏は相対的に乏しくなるでしょう。

すべてを平等にするなら、ここで二択を迫られます。

大阪の練習器材を減らす? or 秋田の練習器材を増やす?

 

もちろん現実的な方法を取るなら、大阪の練習器材を減らすしかありません。

ピッチングマシーンはほぼ捨てて、グラウンドはあえて荒れ放題にする。そうしないと、境遇差の帳尻が合わないから。

かけられる予算を各都道府県ごとにすべて統一するのであれば、高いところに合わせるのは困難なので低いところに合わせなければならない。

「護送船団方式」の考え方そのものだ。

 

さらには、

練習時間の格差問題

にも目を向けなくちゃいけないから、これまたすべての高校生を管理下に置いたうえで徹底管理しなくちゃいけない。

泊まり込みで朝から晩まで野球漬けの合宿なんかも実質回数が減るから(予算や練習環境の問題ね)、現実問題、練習できる時間は今よりも大幅に減るでしょう。

 

さらには、

開催場所の問題

実施を平等にするためには、開催場所や大会期間中の宿泊施設なども全く同じにしなくちゃいけません。

甲子園に近い方が有利だから~……

とか言われるとまた厄介なので、今後の高校野球大会は特定の開催地で行い続けることはできないでしょう。最低でも、毎年場所を転々とする必要があります。

 

ならいっそ、アメリカで開催とかにしちゃえば?

日本にいる以上は全員から遠い場所になるし、全員にとって不慣れな地だから(マイナス面で)平等になります。

甲子園の伝統は、根底から否定されることになっちゃうけど、それを望むなら仕方あるまい。

 

高校野球 を全部平等にしたら、みんな等しく不幸になった

ということで、すべてを可能な限り平等にした「ずるくない」高校野球は、

1:中学校卒業段階で在学していた学校所在地を「出場場所」として

2:練習器材などほとんど捨て、練習時間も短くしたうえで

3:毎年アメリカのボールパークを転々としながら開催する

ことで実現できそうに思えます。

だけどこれ、応援したくなる? あたしはなりません。

 

「ここの都道府県がレギュラーになるためにはねらい目」なんて姑息な手法が横行する。予算や設備が減るのだから、確実に高校野球のレベルは下がる。応援団に地元の結束は生まれるかもしれないけど、開催場所が不明瞭だから応援意欲をそがれる。そしてやがて興味がなくなる。

誰も幸せになってないけど?

 

大阪桐蔭が強い選手を独占している現状について、

スポーツの未来がなくなる

って意見している人もいました。

高校を「企業」に置き換えて経済的に捉えたら、大阪桐蔭は「独占」状態にあって独占禁止法に引っかかるのかもしれません。でもそれは、スポーツ業界の衰退を表すものじゃないと思います。

経済における「独占」のデメリットとは、他の企業を排除することで、独占企業が営業開発などの企業努力を怠るようになるところにあります。

じゃあ仮にすべての有力株が大阪桐蔭に集まって、以降の高校野球で20年連続くらいで優勝するようになったとして、これからの大阪桐蔭の選手やプロ野球のレベルは下がるかと言われたら、決してそうはならないでしょう。大会という公正中立な対戦の場が設けられている以上、どれほど中学校段階での有力候補が集められても、そのことが高校時代の練習の怠慢を招くことはありえないからです。

 

スポーツ業界の衰退を招きうる「独占」とはただひとつ、

大阪桐蔭以外の高校が日本からすべて無くなる

これが起こったなら、スポーツ業界の衰退を憂える方の言い分が現実になります。大阪桐蔭以外の学校がなくなったら、何があっても優勝は「大阪桐蔭」だもん。練習する気なくすよねそりゃ。

逆に言えば、これが起こらない限りはすべての高校生に練習量と伸び代で補えるチャンスが与えられている。大阪桐蔭に入れなかった高校生たちが「打倒大阪桐蔭」に奮起して、むしろ野球のレベルは上がるかもしれません。

原動力なんて、どこから湧いてくるかわからないですから。

 

なのに、データだけを見て「ずるい! 納得できない!」と高校球児を批判する人たち。

そこまで納得を追い求める意味はあるのでしょうか?

 

戦力差があったって、いわゆる「弱小校」が「強豪校」に立ち向かう構図は燃えます。強いチームが負けることもあれば、弱いチームが勝つことだってあります。そこにドラマが生まれます。

それを出身地問わずみんなで見守って、応援したい方を応援するのが本来あるべきスタイル。

今のままの方が、高校野球はずっと面白い。



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