人生 (生きること)が「 つらい 」なら、せめて本を出そう!

人生 が つらい って感じたときに考えてほしいこと

人生 を「 つらい 」と感じるあなたにこそ読んでほしい対処法!

「生きること( 人生 )が 、 つらい ……」って嘆きがちな私たち。

これから書くのは、

その辛い人生は、物語にした方が確実に報われますよ!

というお話です。

 

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つらい人生は、せめてドラマや小説に!

漫画みたいな話を最近のニュースで見かけることが多いです。良い意味でも悪い意味でも。

そしてそれを見るたび私は、

ドラマや小説を見る人が減るだろうな…

と思っています。

日大悪質タックル問題における日大の理事長や、日本ボクシング連盟の山根会長の話が連日ワイドショーを賑わせましたが、彼らからは漫画みたいな話に出てくる「ラスボス」っぽさをそこはかとなく感じます。これまで表には一切出てこず、裏で世界を牛耳っていた人たち。その闇がどんどん表に出てきて、真実が明るみになっていく。独裁体制やピラミッド状の人間関係を私達は目の当たりにする……。

ひとり若めの主人公(多分女性の方が良いですかね)を立てて、その人をフリーのジャーナリストとかいう設定にしたら、そっくりそのままドラマになりそうな設定ですよね。

というか、ベタすぎて逆にドラマにはできそうにありません…

 

メジャーリーガーの大谷翔平選手だってそうです。

投げれば球速160キロ、打てばホームランを連発。ピッチャーで4番、しかもプロの世界で! 背も高いし顔も小さい。まさに「漫画みたいな話」の主人公!

どの野球漫画よりも「漫画みたいな話」が見られるのは、実は紙面上ではなく現実でした。

 

さらには将棋の藤井聡太7段。14歳にして4段。最年少プロであり、かつ最年少で公式戦100局。

藤井くんは地元・愛知県瀬戸市で身近にライバルがいなかったため、ネット将棋を使って対戦相手を探したという。小学校2年生から7年間で1500局を超える対局を行い、実戦経験を積んだとのこと。匿名だったが、あまりの強さから有名で「プロの間で『この子は誰なんだ?』とウワサ話が広がって、どうやら藤井くんらしいということになった」「『どんな将棋を指すのか』と、プロが寄ってたかって対局した」というのだ。

こんなエピソードもありました。

完全に「ヒカルの碁」ですね。漫画みたいな話というか、完全に漫画です。違いがあるとしたら、厳密には「ソウタの棋」になるってところくらいですね。

 

これらのお話は、マンガやドラマの中で描かれてもリアリティがありません。なのに実際に起こっています。

リアルがフィクションを超えてしまっているのです。

 

今回はこのことを踏まえて、

自分のことを不幸だと思う人や、辛い人生を歩んでいると嘆く人に向けた、「ものがたり」執筆のすすめ

について書きたいと思います。

 

 

タバコNG! 不倫NG! 犯人はシートベルト必須!

前回の記事では「日本人をやたらとほめるバラエティ番組」に違和感があるという話がありましたが、私が同じように違和感を持っているのは、やたらと「リアリティ」を求める「フィクション」ドラマです。

 

「不気味の谷」という現象をご存知でしょうか?

これは美学・芸術など多くの分野で主張される、美と心と創作に関わる心理現象のことです。

たとえば最近、「人間っぽい」ロボットが数多く作られています。ロボットの外観や動作が人間らしく作られるようになるにつれて、私達はどんどんそれに好感をもったり、共感をしていきます。

ロボットが人間らしくなってるなー、すごいなー

という具合です。

ですが、ロボットが人間らしくなっていく中で、ある瞬間に私達は突然強い嫌悪感を持つようになります。

え、なにこれ怖い…

という感情です。

このとき、外見と動作が「人間に非常に近い」ロボットが「人間と全く同じ」ロボットになるまでの過程で、見るものが強い嫌悪感を表す瞬間の感情の谷、それが「不気味の谷」と呼ばれています。

つまり、

最初のうちは「人間っぽいロボット」に見えるため好感を持てますが、ある瞬間にそれが「ロボットっぽい人間」に見えてしまうため、私達は奇妙さを感じる

ということです。

もちろんロボットが完全に人間の外観や動作と見分けがつかなくなると、再びより強い好感を持つことになりますし、人間と同じような親近感を覚えるようになると考えられています。

 

現在テレビで放送されているドラマを見ていると、この「不気味の谷」現象が起こっているように思えます。

上記の例における、

ロボット=フィクション(ドラマ)
人間=リアル

だと考えてみてください。

最近のドラマを見ていると、どんな悪役であったとしてもタバコを吸うシーンが出てきません車を運転するシーンでは、どんな凶悪犯でも、どんなに急ぎの追跡シーンでも、シートベルト着用が当たり前になっています。おまけに現在では、「不倫」をテーマにしたドラマがめっきり数を減らしています。

テレビ業界の自主規制という可能性もありますが、いずれにしても言えることは、

ドラマ(フィクション)の世界に「リアル」のルールが持ち込まれている

ということです。

 

フィクションの世界に限りなくリアルが持ち込まれることで、ドラマが「『リアル』とも『フィクション』ともつかないナニカ」になってしまっているような気がしてなりません。私は、どういう目線でお話を楽しめば良いのかわからないです。

おそらく今後、同じ理由で「セクハラ」「パワハラ」に当てはまりそうなシーンも無くなっていくと思います。

学園青春ドラマで、教師が生徒をビンタするなんてこともなくなるんでしょうね……

 

小説についても同じことが言えます。

「異世界」まで来るとまた話は変わってきますが、物語を前にして頭の中に広がる想像(フィクション)の世界は、昔よりも遥かに狭まりました。

今や世界中のどこにだって、私達は行くことが出来ます。砂漠のど真ん中だって、ジャングルの奥地だって、南極にだって、行けなかったとしても映像や写真で見ることが出来ます。

地球の片隅で、こんなことが起こっている!

のようなテーマのお話は、もはや存在できないのです。なぜなら、私達は地球の隅々までをリアルに見ることが出来てしまうから。

「異世界モノ」のお話が増えるのも納得です。

リアルを超えるフィクションを作り出すこと自体が、今や難しくなってしまったのです。

 

漫画みたいな話がどんどん現実になろうとしているということも、もはや物語を楽しめない理由としてあげられます。

「空を飛ぶ車」が現在構想されているところだというニュースを見ました。まさに漫画みたいな話やアニメの中のお話が現実になろうとしている例です。

どうせ「フィクション」と「リアル」が近くなるのだったら、「フィクション」とかいらなくない? いっそ「リアル」そのものを楽しめば良いじゃん!

こういう思考になった結果、ドラマや小説、漫画だってお話が変わってしまいました。

 

 

「 つらい 人生 」がもてはやされるチャンス!

「どうして人はテレビから離れたの?」という記事でも書かれていました通り、今の世間では、「見ていて自分が優越感を抱けるかどうか」に番組選びの重きが置かれています。

その結果、ドラマ・小説・物語、どれをとっても流行しているのは、

・孤独な主人公の悲劇の物語
・辛く苦しい、報われないエピソード
・抗えないような現実への絶望ストーリー

のような、とにかくリアルを追求したお話です。

そういう話を見て、読者や視聴者は上から目線で、

あぁ、この人かわいそうだなぁ……

という優越感の混じった同情を向けることになります。

 

こういう話は、フィクションには出来ません。不幸話は、リアルのほうが確実に面白いからです。

「実話」だと聞いたらつい読んじゃう

あの感覚と一緒です。

リアルを描こうとするのなら、そこにフィクションを入れる必要がありません。フィクションとの違いもないわけですし、かえってリアル味が薄れて、再び「不気味の谷」へと足を踏み入れることになってしまうからです。

 

リアルな話がもてはやされる時代。「フィクションめいた物語」を書く人だって、リアルをとことん前に出した書き方をします。

芥川賞作家だって、直木賞作家だって、ドラマのシナリオ賞を受賞する脚本家だって、今狙って書くお話のテーマは、リアルな不幸話です。

彼らの書く「リアル」なストーリーには、もちろん限界があります。だって彼らは、

お話どおりのつらい人生を経験してないかもしれないから!

となると、ある程度フィクションでそれを補っていく必要があるわけです。

 

じゃあ、物語の世界において最強になれるのは誰か?

混じりっ気のない「リアル」だけで物語を作れるのはいったい誰なのか?

もちろん、人生を「リアルに」つらいと感じている私達です!

私達のつらい人生話を、世間は待ち望んでいます!

 

自分の不幸に自信があるから、私達はつらい人生に嫌気が差しています。「死にたい」とか「もううんざり」とか「かわいそうな私」とか。

どうせ不幸なら、どうせつらいなら、それを本にして公表したほうが良いと思いませんか?そうすれば、まだ報われます。

不幸な自分に共感してくれる人が現れます。
不幸な自分がお金になります。
不幸な自分が、不幸じゃなくなります。

つらい人生だとは思うけど、お話にするほどでは…

もしそう感じるのならば、そう考えるうちは、その人生は決してつらいものなんかじゃありません。もっと前向きに生きましょう。

書くスキルが自分にはないから…

文才なんてあまり関係ありません。自分が「リアル」に経験した事実を、自分が「リアルに」抱いた気持ちと合わせて文字にするだけですから。

差があるとしたら、それを文字にするとき世間に出せるかどうかの勇気です。

つらい人生の「リアル」を消し去りたいと思っているのは、自分だけです。現実逃避したいのは、その辛さを人に見せたくないからでしょう。

 

理想の姿というフィクションだけで、自らをブランディングする時代は終わりました。むしろ、ダメな一面という「リアル」をもとにブランディングするから、世間は共感するし好感を持つようになるのです。

そんなつらい人生を歩む自分を奮い起こして文字にすれば、あなたが売れっ子「リアル作家」になる道は開けます!

 

もちろん簡単じゃないことはわかっています。現実と向き合うのは、メンタルにかなりの負荷がかかります。書いているうちに、私自身もつらくなってきました……。

自分の人生を思い返すと、事実にしたくないようなつらい話がたくさん脳内をうごめいて、私の心を突き刺してきます。

だけど、行動するなら早くしなくちゃ!

 

・現実離れした才能を持つカリスマ
・目を見張るような、想像もつかない最新技術
・今とは大幅に変わる未来の日常生活

フィクションは、この先ますますリアルになっていきます。

だから私達は、私達だけの「リアル」に誇りを持って戦わなくちゃいけない!

 

せめてあなたのつらい人生が、少しでも変われば良いなと思っています。



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