外国人が日本を褒めちぎるテレビ番組、不気味じゃない?

世界に誇れる日本

に関するニュースを最近よく耳にする。

大谷翔平選手が大リーグで活躍したり、2018年のサッカーワールドカップで日本代表が決勝トーナメントに進出したり、特にスポーツ面を中心に世界で活躍する日本人の姿をテレビやネットニュースで知る機会が多い。

あたしはスポーツのことをよく知らないけど、これだけたくさん話題に取り上げられていたら名前を聞くだけでつい応援したくなってしまう。

 

スポーツ選手を応援する理由は、とてもよくわかる。自分にできないことを可能にする存在であり、誰もが一度は夢見る「スポーツ選手になりたい」を実際に叶えている存在だから。スーパーマンを応援するような感覚なのだろう。

 

あたしは日本が大好きだ。日本人に生まれてきてよかったと思っている。「世界で有名な日本人」を見たら、「自分も頑張ろう!」って気持ちになる。力をもらっている。

だけど一方で、この手の「世界に誇れる日本人」についてわからないこともある。

 

日本人を持ち上げ過ぎじゃない?

と思うときがあるのだ。

もちろんすごいのはわかるけど、自画自賛はよくない。どれほどのイケメンだろうと、ナルシストならモテ具合が半減するのと本質はおんなじ。

よそで褒めてもらえないから自分で褒めているのでは…?

とか、ひねくれ者のあたしなんかは勘ぐってしまう。

 

「世界で有名な日本人」って言われたら、あたしたちは大半がスポーツ選手を答えると思う。だけど最近のテレビ番組では日本では有名ではないけど、世界に誇れる日本人」を特集することが非常に多い。

※あたし個人的には、世界で一番有名な日本人は確実に「オノ・ヨーコさん」だと思うけどね。

 

その人が実は「世界で有名な日本人」であったとしても、日本においては有名じゃないのだから、日本人がスーパーマン(=スポーツ選手)を応援するのとは感覚が違う。

 

あたし個人的にはああいう「世界に誇れる日本人」を紹介する番組を見て、

自分だけの生き方や働き方を見つけられてすごい! 羨ましい! あたしも負けじと頑張る!

っていう目線で見ているんだけど、どうも世間はそうではないみたい。

 

生き方に感化されるというよりは、

日本はすごいなぁ…。いやー、日本人でよかった!

って、現状への安心感を抱かせるために放送している気がする。

 

前回オウンドベースでとりあげた記事の内容が

テレビ番組の移り変わりと、テレビ離れ

についてだったから、今回はこれに関連して、

なぜ日本のテレビ番組では、外国人がいつも日本を褒めるのか

について意見を書いていきたい。

 

 

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日本人、それは生まれながらの優越感

 

日本にいる外国の人をつかまえて、世界に誇れる日本の文化を褒めちぎってもらう。

外国で暮らす日本人のもとに行って、現地の外国人に世界に誇れる日本人への感謝を述べてもらう。

いわゆる「日本大好き」系の番組は、このどちらかだ。

 

自国を好きなのは、良いことだと思う。でもこの手の番組はなんか違う。

その原因は、「自作自演」と「外国人に頼っている」ところにある気がする。

 

「日本の良いところ」「世界に誇れる日本の文化」を伝える番組は昔からあるし、それについて違和感はない。自国の文化を自国民が知っておくのは当然だと思うから。

だけどどうしてそこに、

「世界代表」としての外国人の意見を持ち込んだり、現地の日本人経営者を「日本代表」にしたりという演出を入れるのだろう…。

違和感の原因は、ここにある。

 

たとえばあたしがスペインに旅行に行ったとして、現地でインタビューを受けたとする。後にその映像がスペインの番組で使われる際に、

日本人も大絶賛! スペインはこんなに素晴らしい国!

みたいな番組になっていたとしたらどうだろう…?

 

あたしの意見が「日本代表」になって大丈夫?

確実にそう感じる。

 

イベリコ豚の生ハムを食べて、

イベリコ豚の生ハムが一番美味しい!

とか言っちゃったらどうしよう?

日本人はみんな生ハムが大好き!
イベリコ豚が一番好き!

みたいな見出しが出たら、

ヴィーガンは確実に日本人のことが嫌いになる。
イタリアの生ハム業者は日本人に苦い顔をする。

 

まぁこれは「褒めちぎる」内容ではないから例として適切ではないかもしれないのだけれど、一部の声を全部だと錯覚することは、それだけ危険なんだってことが言いたい。

 

日本が世界でも通用する姿を見てテンションが上がる

これが「日本大好き」系番組を見る人のモチベーションなのだろう。

これだけ見ると、

お国のために国民の気持ちを一致団結させて〜…

的なナショナリズムの促進を疑う人もいるかもしれない。

でも多分、目的はそこじゃない。「日本を褒められて嬉しい」気持ちと、「日本のために頑張る」気持ちは、両立するとは限らない。

 

じゃあ目的は何かって言うと、

1:若者に向けた、日本人に生まれた優越感

2:高齢者に向けた、外国に評価されるほどに成長した思い出振り返り

おそらくこの2つだと思う。

 

前回の記事の中でもあったように、「優越感」が視聴者のテレビに求める要素のひとつになってきている。「周りと比べたら自分のほうがマシだ」っていう気持ち。

努力をしても人生うまくいかない…

なんて感じる若い人が多いから、

努力がいらない生まれ(人種・国籍)で優越感を持たせる

こんな目的があるんじゃないかって。

 

高齢者についても同じ。総務省が発表している2017年の情報通信に関する調査によると、現在テレビを主な情報源にしている人は、60代以上が中心。テレビ業界では、「F3」「M3」層と言う。

テレビを見ているのがお年寄りなのだから、内容も必然的にお年寄り向けのものによってくる。彼らが人生を振り返ったときに、

今の日本は、外国から評価されるくらいにまでなったんだなぁ…

って、しみじみ嬉しい気持ちにさせる。

こんな目的もあると思う。

 

要するに、

テレビ局の視聴率稼ぎがねじ曲がった結果

が、この手の「世界に誇れる日本」大絶賛番組なんじゃないだろうか?

 

外国人も仲間だよ! だから日本に…。

 

こういう番組が構成される際に必須になっているのが

日本人を褒める外国人の姿

 

もともと日本人は外国人に弱い。

なぜか日本に来た外国人に対しても日本人は、

スゥシー(寿司)
テンプーラー(天ぷら)
フジヤーマー(富士山)

とか奇妙なイントネーションで伝え続けているように、外国人に対して今でも日本人は気を遣っているというか、変な接し方になってしまっている。

※日本人からまずこれを改めないと、いつまでも日本語を覚えたい外国人は日本語を覚えられないのでは…?

 

日本の素晴らしさを日本人が褒め称えると「自画自賛」感が増すから、外国人を一枚噛ませることで中和しようとしているのかもしれない。

でもそれが目的なら、かえって不気味な印象を与えている分逆効果。

となると、目的は他のところにあるのでは…?

批判も多いと思うけど、ここからはあたしが感じていることを素直に書きたい。

 

世界に誇れる日本を紹介して、それを外国人に評価してもらう場合、

基本的に批判の声は出ない。というか、出ないように細工されている。

たとえば「時間をきっちり守る日本人」をテーマに取り上げる時、就業時間にはデスクに揃っているサラリーマンの姿や、ダイヤがほとんど乱れない交通手段の良さなんかが賞賛される。

だけど、

時間きっちりに定時退社できない日本人

が取り上げられることはない。

仮にこれを取り上げる際には、

サービス残業するほど仕事熱心な日本人

という風に、とにかくポジティブにポジティブに捉えようとする。

だから外国人は、日本のことを批判しない。テーマに沿って発言することを求められるから。

 

そもそも、世界に誇れる日本紹介番組にスタジオ出演する外国人の多くは、もちろん日本で働いている。日本からお金をもらって日本で発言することになる。

そんな中で、本当に思ったことを発言できるのだろうか?

日本で日本を安易に批判したら、仕事がなくなってしまう…

そう考えるに違いない。

となると、「世界に誇れる日本」の取り上げ方が、全然フェアじゃない気がしてしまう。

 

でも、これだけならまだいい。「日本人も外国人もみんな頑張っている」という結論で終わるのだから。

よくないのは、これをキッカケに

日本を褒めるなんて、外国人はみんな良い人じゃん!

って視聴者が安易に捉えてしまう場合。

 

もちろん外国人は素晴らしい方が多い。日本にいる外国人を批判しているわけでは決して無い。

だけどこれが、この先の政府方針を円滑に進めるための下準備だとしたら話が変わってくる。

外国人はみんな、日本を褒め称える良い人です。だから日本に外国人がたくさん来ても大丈夫ですよね。

みたいな形になったら、それはまさに「移民受け入れ」を許可させようとしていることとなる。

 

日本への労働移民受け入れの可能性を高めるため

に「世界に誇れる日本」を紹介しているのだとしたら…少し怖い。

 

日本への外国人移住者流入数は、世界第4位となっている。今は大半が学生移民だけど、労働力低下を理由にこの先の日本が今より移民をたくさん受け入れることになったら、今の日本人の就労機会がどんどん奪われていく可能性だってある。

移民政策はとらないと政府は表明しているものの…事実として移民は増えているのだから、いつひっくり返ってもおかしくない。

 

「世界に誇れる日本人」が、「世界に誇れる日本に住む外国人」になってしまう。

そんな日が来てしまったら、本末転倒。

憧れの外国人に褒められてご機嫌になったとしても、だからといってなんでもかんでもOKという考え方になってはいけない。

あたしの考えすぎだと良いのだけれど…。

 

 

本当に「世界に誇れる日本」はたくさんあるのに…

 

繰り返しになるけど、あたしは日本が好きだ。日本人が好きだ。

日本人であることに、誇りを持っている。

そしてだからこそ色々勘ぐってしまう。

良いところを見つけてきてそれを褒められている様子を放送しなくちゃいけないほど、日本がそれを自分で作って自分で放送しなくちゃいけないほど、この国はやばい状況なのか…?

って。

 

世界で有名な日本人は、スポーツ以外でも映像作品(映画やアニメ)や音楽分野でたくさんいる。

それに、人に絞らず日本という「国」で考えてみても、世界から認められている部分は多い。

たとえば2018年、イギリスのコンサルティング会社「ヘンリー・アンド・パートナーズ(Henley & Partners)」が発表する、ビザなしで渡航できる国の数を各国と地域数のランキングにおいて、調査対象となった199の国と地域のうち日本がシンガポールと並んで第1位になった。

ビザなしで渡航できる国や地域が多ければ多いほど、その国の政治経済力や信用度が高いとも言えるため、それだけ日本が認められている証拠になる。

また、2011年3月に起こった東日本大震災からの復興支援として、政府が発表している内容だけでも2012年段階で計163の国・地域及び計43の機関が支援意図を表明してくれて、計128の国・地域・機関から物資・寄付金をいただいている。

 

日本は世界から愛されている。感情でも実績でも。

 

なのにこういうニュースは、報道番組やワイドショーでほとんど取り上げられることはない。さっと流され、すぐに国内のゴシップに目を向ける。

かと思えばバラエティ番組では、世界の片隅で頑張る日本人を探してきては、

日本人ってすばらしい!

って現地の人に言わせている…。

 

なんだか偏りを感じるね。



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