どうして人はテレビから離れたの?

テレビ離れ

という言葉をよく耳にします。

WEBコンテンツの発達や価値観の多様化をキッカケに、「みんながテレビを見なくなった」という意見が世間をにぎわせはじめてから10年ほど経ちましたでしょうか?

これまでは「テレビ離れ」と聞くと、ほぼ確実に「若者の」という接頭辞がついたのですが、その状況も変わりつつあります。

2017年の情報通信に関する調査によると、これまでからさらに変化して、40代においても平日、休日ともにインターネットを利用する割合が増え、テレビを視聴する割合を初めて上回ったそうです。

40代が平日、ネットを利用する割合は83.5%で、テレビの83.0%を超えました。休日はネットが84.4%、テレビは83.8%。10~30歳代でも平日、休日ともにネットを利用する割合がテレビより10%以上多く、ネットの定着ぶりがうかがえます。

そして、ネットが若者から中高年へと浸透している実態も見て取れます。

 

テレビじゃなくても良いから

テレビを見ない理由で最も多くを占める部分だと思います。

これをマスコミの人たち(特に営業の方)は

・決まった時間に視聴ができない人が増えた
・実はみんな録画して見ている

という風に、「コンテンツの内容」ではなく「リアルタイム」に重きを置いた説明をしているのですが、実際のところどうなのでしょう?

ツイッターのトレンドを見ていると、やっぱり今でも「リアルタイムな」ワードが上位に並んでいるため見る人はちゃんと決まった時間に見ている気がしないでもないのですが…。

 

そこで今回はテレビについて、

テレビが提供するコンテンツが昔と変わってきた

という部分に着目して、具体的な移り変わりとともに持論を述べたいと思います。

「テレビじゃなくても良い」は、ある意味正しいです。

 

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テレビを見るのは、「あこがれ」の気持ちから!

 

テレビとは本来、「世間」の願望を映す媒体だと僕は思っています。「理想の姿」を投影するものとも言えます。

私が子供の頃も、「こんな楽しそうな世界があるんだ…」と思いながらテレビにかじりついたものです。

たとえばジャンルごとにわけてみますと、

○「お茶の間」には到底真似できないくらいの規模(予算and時間)をかけて、くだらないことをしている面白さ
=バラエティ

○「お茶の間」が物理的に見にいけないところで起こっていることを知り、知的欲求が満たされる感覚
=報道

○現地にいなくても、「お茶の間」がスタジアムの選手や観客と一体感を感じられる興奮
=スポーツ

○こうだったらイイのにな、という「お茶の間」の空想が可視化されることで生じる感動
=ドラマ

こんな風に、お茶の間の人々に感情の変化を生み、魅了するのがテレビの役割です。

 

今でも1番わかりやすい例は、「月9」です。フジテレビ系で、毎週月曜日夜21:00 – 21:54に放送されているテレビドラマです。

この枠はとにかく恋愛モノが多く、

こんな恋愛がしたい!

という「あこがれ」を強く持つ女性を中心に、人は月9のドラマを見始めたことでしょう。

 

で、ここ最近で何が起こっているのかと言いますと、

作り手の「見せたいもの」と、世間の「見たいもの」の間にが生じています。

日本全体の時流に番組制作陣が乗り遅れているのです。タイムラグが生じています。

 

20年くらい前から今までのバラエティを例に挙げてみましょう。

 

視聴者の「あこがれ」は100万円から100円に…

 

昔(バブル崩壊後くらい)、バラエティでは

「これができたら賞金100万円」
「賞品はハワイ旅行」

など、視聴者に対してプレゼントを提供する番組が多くありました。一般の方に番組出演をしてもらって、企画に挑戦してもらう系の番組です。出演と引き換えに、100万円やハワイ旅行を手にする「可能性」を与えるというわけです。これがめちゃくちゃ人気でした。

成功したら100万円!

夢がありますよね?

なぜこれが主流だったかと言いますと、これは当時の「お茶の間」のあこがれが、100万円でありハワイ旅行だったからです。

この時の「あこがれ」とは、手が届きそうな願望のことです。

「(なくても大丈夫だけど)100万円あったら嬉しいな」
(頑張れば自分でも行けるんだけど)、ハワイ旅行にタダで行きたいな」

という、世間の気持ちが裏にあったように思います。

 

ところが今はどうでしょう?

「番組に出演したら100万円もらえるかも!」と聞いても、どこか現実的ではないように思えてしまいます。だから世間は、それをリアルな夢だと思えなくなる。自分には関係ない世界だとして、相手にしなくなる。

不況や社会不安によって、願望の水準が下がってしまったのです。

その結果、たちまち上のような番組は数を減らしてしまいました。

代わりに出てきたのは、

「インスタント食品をより美味しく食べるメニューの紹介」
「ファミレスのメニューを食べつくす」

といった番組です。

(なくても大丈夫だけど)普段食べているカップ麺をもっと美味しく食べたいな」
(頑張れば自分でも出来るんだけど)ファミレスのメニューを全部食べてみたいな」

世間にとって、100万円やハワイ旅行は遠い存在(現実的ではない、感情移入できない存在)になってしまったのです。

 

また、別のジャンルも生まれ始めました

「漢字や常識の問題に挑戦しよう」

という、知的欲求を刺激するような番組です。

これは一見、ただの情報提供だけのようにも見えますが、実態は異なると思います。
その本質は、

「お茶の間」がせめてもの優越感を感じる

というところにあります。

クイズが出題されるとき、必ず「一般正答率」というものが表示されます。これがあることで、自分がクイズを解けたときに

「これが出来ない人よりは、自分の方が上だ」

と感じるのです。

 

同じく、

「気になるあのお仕事の裏側を紹介!」

みたいな番組も、優越感を助長するものとして挙げられます。

業界の人に裏側を聞くと、必ず「つらいエピソード」を話します。これがあることで、自分が話を聞いたとき

「自分の働く会社の方がマシだ」

と感じるのです。

日常生活の閉塞感から解放される
自己をなぐさめることができる

それがテレビの役割になりました。…すっごく、後ろ向きですよね。

 

人気の○○ランキングベスト10を発表!

という番組も、扱う内容が昔に比べて所帯じみてきました。

以前は「好きな音楽・アーティスト」などが主流だったにも関わらず、最近のランキングは食べ物ばかりです。それも普通に買えるような、お菓子やアイス、カップラーメンなど。

普段よく食べるものが1位になっていて嬉しい!

という共感性の部分と、

これから似たような商品を買う際に、(ランキング上位のものを選ぶことで)失敗を防ぎたい!

という世間の願望から、これに関しても成り立っています。

 

低予算番組が人気!

と言われているように、テレビのバラエティは、「いかにお金をかけるかから「いかにお金をかけないかへと変化してきました。

タレントのフリートークだけがコンセプトの番組、そもそもセットすら組まない番組…。

テレビにしかできないことが、どんどん減っています。

予算が減ったからなのか、予算をかけたものに視聴者が惹かれなくなったからなのか。どちらが先かはわかりませんが、これが「テレビ離れ」の正体です。

 

そしてとうとう、「10万円」に…

 

この風潮は、ドラマでも同じことが言えます。

何もいらないから、真実の愛に生きるんだ!

という主人公の熱い気持ちに共感を促すようなドラマは数字を落とし、

普段イライラするような上司に、ハッキリものを言うぞ!

という日常のイライラをスカッとさせてくれる主人公に、世間は自己投影させて人気を集めるようになりました。

またここでも、変な世界(変わった業界)にスポットを当てたドラマが増えました。ニッチな部分を攻めることで、共感性を生む作戦です。

 

そして現在、「視聴者のあこがれ」を追求した結果、こんな番組が話題です。

10万円でできるかな

これは予算を10万円と明記し、その範囲内で出来ることを最大限やってみる番組です。かつての100万円や1000万円から比べると、ケタが大きく変わりました。

余談ですが、この番組と上記のバラエティの変化を満たす「お試しかっ!」「Qさま」の企画は、スタッフロールを見る限り同じ方のようです。(テレビ朝日系)

視聴者の動きに敏感な人なのだと思います。

 

もちろん編集クオリティや出演ゲストで差別化はなされているものの、ここまで水準が下がると、番組内容においてテレビの一人勝ちとはいきません。ライバルが続々出現します。

それが「ネット番組」です。

地上波じゃなくても、予算が同じ10万円ならば内容で勝負できるからです。

YouTuberでも多いですよね? かつて「祭りのくじを買い占めてみた」みたいなコンテンツが話題になったのと同じです。

世間の「あこがれ」が、どんどん手の届くところにまで来ています。その結果が、「テレビじゃなくても良い」。

この言葉が意味するのは、若者を筆頭に「みんなテレビが嫌い」ということではなく、「テレビでもネットでも、内容自体は同じものが見られるようになった」という時代の変化そのものに違いありません。

 

テレビを嫌うと損をする!

 

時間的な遅れは少々ありますが、今でもテレビは世間の願望に応えようとしています。だから私は、「テレビから離れないで」って本当は言いたいんですけど…。

この時大事なのは、

自分のタメにやっている番組と世間のタメにやっている番組の見極めです。

番組制作スタッフの気持ちになって考えてみると、自分の価値観を押し付けているだけでは視聴者はついてこず、常に相手(=視聴者)のことを考えて合わせないといけないのです。

以前に話した「欲望」の話でいうと、
前者は「自己実現」後者は「社会貢献」のニュアンスになります。

制作陣の「自己実現」を評価するかしないかはみなさんそれぞれの感情によると思うので、そこに関してはテレビを見ても見なくてもどちらでも良いです。

ですが、「社会貢献」を目的としている番組は、私達は「テレビだからなぁ…」とか偏見を持つことなく、情報を中立かつ積極的に受け入れていかなければならないと思うのです。

 

社会が変われば状況が変わります。

私達に出来ることは、「○○離れ」という言葉を恐れることでも反感を持つことでもなく、

どんな形であれ自分に必要な情報を得る

というところにあります。

事実、テレビでしか見られないことは、この先も存在し続けます。たとえば、個人が申し込んでも到底許可なんて降りないような場所を放送できるのは、テレビだけです。大規模で行動するからこそ、世界中の情報をラグが少ない状態で(リアルタイムで)テレビから受け取ることが出来ます。

テレビは偏りが多いから見ない!

というのは危ういです。テレビを避け続けることで、今度は反対方向に偏りすぎてしまうからです。

 

どちらかしか選ばない(選べない)

ではなく、

どっちも選んでいいとこ取り

をすればよいわけで。

 

これからも感情で物事を決めるのではなく、付かず離れずの距離感で、広い視野を持ちながら情報を処理していきましょう。



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